アフロディーテさんにもらった便箋は、ほのかにお香のような香りがする分厚い紙だった。
万年筆で書けと言われて四苦八苦、なかなか乾かないそれにじりじりしていたら、ムウさんに珍しがられた。


「おや、羊皮紙ですか」
「羊皮紙?」


いまだにそんなものがあったのか。
もしかしてこの香り、単に臭い消し?

だとしたらがっかりだと思った内心を読んだように、ムウさんが一言付け加える。


「その香りは臭い消しではありませんよ」


元々羊皮紙は、そんなに臭うものではないらしい。
そうじゃなかったら王候貴族も使わないかと、妙に納得。


「いよいよですね」
「はい。ちゃんとお会いするのはあの時以来なので、ものすごくどきどきします」


明日の午後、冥界に行く。


タナトスさんからお迎えの連絡があったらしく、聖域も何だか大わらわだ。
カノンさんもついて来てくれると言うけれど、冥界の人に案内してもらえば大丈夫じゃないんだろうか。

そう思ったのがわかったらしい、アフロディーテさんに額を小突かれた。


「念のため、だよ。に何かあったら、俺たちの顔が立たないからね」
「はあ……」


聖域も色々大変なんだなあ。
皆さん私よりもいくつか年上なだけなのに、考え方がものすごくしっかりしている。

すごいことだと尊敬の目で見ていると、小さく苦笑された。


   今日は早く寝るんだよ」
「はぁい」












いつもと同じように金ぴかの鎧(聖衣とかいうらしい)が勢揃いする中、カノンさんと並んで立った私に、沙織さんが笑いかける。


さん、お気をつけて。カノン、さんをしっかり守るのですよ」
「御意」


反対隣にいるタナトスさんは完全無視ですか、そうですか。
こんなに苦労しているタナトスさんの胃の調子が、最近冗談じゃなく心配です。


優雅に跪いたカノンさんの真似をしようとしたら、タナトスさんと沙織さんの両方に止められた。


さんはいいのですよ、そんなことはしないでください」
様、貴女はいわばアテナとは従姉妹神。位も同等となっておりますから、跪くのはおやめください」
「あ、そっか。私、沙織さんの従姉妹なんですよね」
「ええ」


そうか、従姉妹か。
その割に、ここでの扱いぞんざいだった気がするけどね!(あっはー!)
でも、つながりのある人がいるって、すごく嬉しい。


「行ってきます」
「嫌なことをされたら、すぐに呼んでくださいね!助けに行きますから」
「……いや、さすがにそれは……」


ハーデス様がフルボッコリターンズになるんで、遠慮しときます。


とは言えずに曖昧に笑うと、沙織さんは心底残念そうな顔をした。
(主に沙織さんとアフロディーテさんとムウさんから)しつこく私の護衛を頼まれていたカノンさんと共に、タナトスさんの近くに寄る。


「参ります」


その声を聞いたと思った瞬間、一瞬の暗転。
身体が重力を感じてくれなくて、一瞬といえどもバランスを崩しそうになってしまった。


「きゃ   
「おっと」


前のめりに倒れそうになったところを、カノンさんのしっかりとした腕に助けられる。
まだくらくらする三半規管をだましだまし、すがりついていた腕からそうっと離れた。


「申し訳ありません、大丈夫ですか?」
「あ、はい。ちょっとびっくりしただけなので」


恥ずかしさをごまかして照れ笑いをしていると、呆れたカノンさんにくしゃりと頭をかきまぜられる。


「怒っていいんだぞ、お前」
「え?怒るって、どの辺りに怒ればいいんですか?」


別に怒るポイントはなかったはずだと首を傾げた私に、カノンさんが温かい苦笑をもらした。


「……お前がそう思うなら、それでいいんじゃねえか?」


何だかよくわからないままにうなずいて、そこでようやく辺りを見回す余裕ができた。
顔を上げて真っ先に目に入ったものに、思わず歓声をあげる。


「冥界の門!!うわあ、うわあ、本物見るの初めて!!」
「そう何度も見る方がまずいだろ」


カノンさんの突っ込みは、華麗に無視!!


『この門をくぐる者、一切の希望を捨てよ』


かの有名な文言が刻まれているのをしっかりと目に刻む私の後ろで、カノンさんが険悪な雰囲気をかもしだしていた。


「おい……まさか、をここから歩かせるつもりじゃないだろうな」
「戯言を。ハーデス様のご息女に、そのような真似をさせるわけがないだろうが」
「それならいい」


冥界観光だ!とはしゃぎまくっている私には、後ろの雰囲気なんてわかるはずもない。
興奮しきりでタナトスさんを振り向いた瞬間、2人の空気は元に戻っていた。


「あの、タナトスさん」
「何でしょう?」
「ミーノスさんとかにも、お会いできますか?」


せっかくここまで来たんだ、会いたいと思うのが自然な流れだろう。
忙しいから無理かもしれないと思いながら訊いてみたら、意外にもあっさりとうなずかれた。


「もちろんですとも。そのつもりで、各々待機しておりますよ」
「え、ええええ、そんな恐れ多い……!!」


言っちゃあ悪いけれど真面目にお仕事をしているとは思いがたいお父様に、やっぱり真面目にお仕事をしていないに決まっているヒュプノスさん(奥さんとエリュシオンでいちゃこいている)。
トップ2人がぐうたらで、タナトスさんと同じくらいやつれながら仕事を片づけているだろう3人が、私に会うために待機?


……冥界の行政システム、停止してしまうんじゃないだろうか。


様はお気になさらずとタナトスさんは笑ったけれど、やっぱり不安だ。


「あ……あの、皆さんお仕事なさっているんですよね?」
「ええ。ひとところに止まってできる業務も、尽きることはありませんからね」


……尽きることがないほど、お仕事が押しまくっているんですね……。


















(ハーデス様はエリュシオンでちくちくぬいぐるみ作ったり編みぐるみつくったりしてます。その前はン百年も寝てたしネ!苦労人三巨頭、きっとやつれ果てながらお仕事してます)