あの無重力状態に耐えて目を開けると、今度は綺麗な花畑。
一瞬エリュシオンかと思ったけれど、遠くの風景を見る限りでは違うようだ。
「ここは……?」
「第二獄の先にある、花畑です。琴の名手がおりますので、きっとお気に召していただけますよ」
「琴の名手 もしかして、オルフェス?」
琴の名手で美しい恋人がいたけれど、恋人に死なれてしまった悲しい人。
確か、好戦的なトラキアの女性達に言い寄られて、相手にしなかったからって八つ裂きにして殺されたんじゃなかっただろうか。
……思いっきり逆恨みな気がするのは、絶対に私だけじゃないだろう。
「おや、オルフェをご存じですか」
「オルフェ……そっか、文献によって発音が違いますもんね」
彼の遺体と琴が流れ着いた島は、数多くの詩人を排出しているという。
そんな御利益満点の人に会えるなんて……!!
感激しながら歩いていると、ハープのような音楽が聞こえてきた。
どこだろうと辺りを見回していたら、カノンさんに「落ち着きがねえな」とからかわれる。
しょうがないじゃないか、そわそわするのは当たり前!
神話上の人物に会えるんだから!!
カノンさんに向かって小さく舌を出して見せたその時、タナトスさんが前方に向かって声をかけた。
「オルフェ」
「 タナトス」
振り向いたオルフェさんは、たくさんの女性に言い寄られるのも当たり前な美人さん。
その身に纏った銀の鎧が、肌の白さを引き立てて って、ちょっと待て。
銀の鎧?
「……あの、カノンさん。あの鎧にものっっすごく見覚えがあるのは、私の気のせいでしょうか」
あれと同じようなもの、よく見ている気がする。
というか、絶対見ている。
「ああ、オルフェは白銀聖闘士だからな」
「…………ですよね……」
神話上の人物に会おうなんて、虫が良すぎましたよね。
琴座のオルフェさんなんて、ここまでこだわってるんですか、聖闘士。
「ハーデス様のご息女だ。お前の琴で楽しませて差し上げろ」
「 わかりました」
うなずいたオルフェさんが振り向いた拍子に、陰になっていた岩が見えた。
その形を見て、思わず半歩後ずさる。
「人……!?」
「ああ……私の恋人の、ユリティースです。彼女はここから動けないので、日々琴を聴かせているんですよ」
岩に聴かせても意味がないんじゃないかと思ったけれど、よく見れば微妙に瞬きをしている。
この状態で、生きているのか。
いや、多分死んでるんだけど。
それにしても、ものすごく美人さんだ。
久し振りの女の美人さん!!
是非仲良くなりたい!!
「……こんにちは、ユリティースさん」
「こんにちは。お名前を伺ってもよろしいですか?」
「はい!といいます!」
何となく硬い表情に見えたオルフェさんの横をすり抜けて、ユリティースさんの前に膝立ちになる。
オルフェさんが何も言わなかったから、多分大丈夫だろう。
「ずっとここにいるんですか?」
「ええ。オルフェが迎えに来てくれたあの日から、ずっと……」
迎えに「来てくれた」?
まるで聖書のお話だ。
振り向いたら妻が塩の柱になっていた、とか。
いやいや、あれは都市が火山か何かで滅ぼされる時だったかな?
死者を迎えに行くのも、どこかに何かあったと思うんだけれど……。
「ど、どうして、こんな風になっちゃったんですか!?」
酷い!!と悲鳴をあげると、ユリティースさんが優しく笑ってくれた。
何かをしようとしたのか、すぐにもどかしくて悲しそうな顔になってしまったけれど。
「……私のせいだ」
ぽつりと、オルフェさんがつらそうに呟いた。
ユリティースさんが必死にそれを否定するように、強く眉根を寄せる。
「私がいけないのです。振り向いてはいけないと、そう言われていたのに。ファラオの姦計にはまって、ユリティースを振り向いてしまった!」
「そんな、オルフェ……!ここに留まってくれた、それだけで私は幸せよ」
2人の会話を聞きながら、わからないなりによく考えてみた。
ええと、どうしてここでファラオが出てくるのかが分からないけれど、この流れから行くと聖闘士みたいなものなんだろう。
もうなんでもありだな、この世界。
シャカさんとか、ブッダの生まれ変わりとか言われてるくせに、ギリシャ神話の神に仕えてるもんな。
おっといけない、話がそれた。
それで、(多分お父様に仕えている)ファラオとかいう人のせいで、本当なら一緒に帰れたはずなのに、ユリティースさんが岩になってしまったと。
「……ひどい」
そんなのって、ない。
一旦帰っていいと希望を与えておきながら、絶対に帰れないように仕組むなんて。
「……この一件には、ハーデス様は関与されておりませんよ」
こそっと教えてくれたタナトスさんのおかげで、なんとかお父様への怒りは抑えることができた。
でも。
「ひどい!!一緒にいたかっただけなのに!!」
怒りで頭が真っ白になる。
誰だ、こんな酷い仕打ちをした人は!!
ぎゅうとユリティースさんの身体に抱きついて、こらえきれずに泣き出してしまった。
「様……」
「です!様付けされるほど偉くありません……!!」
ハーデス様の娘なんて、名前だけじゃないか。
私に神様みたいな力があれば、ユリティースさんを戻してあげられるのに!
「 ユリティース……!?」
「オルフェ……!!」
「様……!?」
「お前、何を !!」
みんなが驚いているのも構わずにわんわん泣いていたら、柔らかい腕でそっと抱きしめられた。
いい匂い、気持ちいい。
「ありがとうございます、様」
さっきよりももっと柔らかい声がすぐ傍で聞こえて、何が起こったのかよくわからなかった。
「 え?」
顔を上げると、血色のいいユリティースさんの色白の顔。
はい?
「、お前……何をしたんだ?」
「ええと……いえ、私が訊きたいくらいなんですが……」
ひょいとカノンさんにつままれて、ユリティースさんから離れる。
目の前には、すっかり元に戻ったユリティースさん。
「ユリティース!」
「オルフェ……!」
感動の抱擁をする2人を見ながら、思わず頬がほころんだ。
何だかよくわからないけれど、みんなが幸せで解決した!
「様、本当にありがとうございます」
しっかりとユリティースさんの肩を抱いて微笑んだオルフェさんは、本当に幸せそう。
お礼にと聴かせてくれた琴の音も、どこか悲しそうな聞こえていたそれとは全く違う、明るくて素敵なものだった。
(人でありたいと願っていた彼女が、初めて神であることを願ったとき。別名・火事場の馬鹿力)
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