「し……死ぬ……」




今にも死にそうなうめき声が聞こえてきて、すわ何事かと思わず振り向く。
よれよれになった男の人が、ふらふらとしながら扉にもたれかかっていた。

男の人に気づいたラダマンティスさんが、器用に片眉だけを上げる。


「アイアコス。終わったのか?」
「聞いてくれよ、ミーノスの野郎……!!」
「また押しつけられたんだな、そうなんだな。ミーノス本人が楽しそうに言っていた」
「ミーノス……!!」


ものすごく悔しそうだ、アイアコスさん。
そしてやっぱり苦労人属性だ、アイアコスさん。


……というより、ヘタレ属性?


テーブルにぺしゃりとつぶれて力つきたアイアコスさんの頭を、ラダマンティスさんががすりと殴る。
かなり痛そうな音がしたにもかかわらず、アイアコスさんはじろりと睨み上げただけだった。


「……何すんだよ、ラダマンティス」
「馬鹿者。様の前で何をしているんだ」
様……?」


げっそりとした表情そのままに振り向かれて、思わずイスごと後退りしてしまう。
そんな私とアイアコスさんの目が合う。
いーち、にーい、さーん。




「…………っ、様あぁぁぁああぁっ!?」




がったん!と派手な音を立てて椅子から立ち上がり、アイアコスさんが絶叫した。
こま、鼓膜痛い……!

びりびりと痛む耳を押さえて泣きそうになっていたら、ラダマンティスさんが悪鬼のごとき表情でアイアコスさんをしばき倒した。


「この馬鹿者が!!様は冥闘士ではないんだぞ、声量に気をつけんか!!」
「……お前の声も充分ダメージを与えてるぞ、ラダマンティス」
「何だと?」


ええ、カノンさんの言う通りです。
同じくらいダメージ受けました、ラダマンティスさん。


「失礼いたしました、様」
「いえ、別にいいんですけど……ミーノスさん、起きちゃわないですか?」


さっきまでの目茶苦茶っぷりが嘘のように、ミーノスさんはソファーですやすやと眠っている。
くまは見えないけれど、鋭利にこけた頬が、その激務さを物語っていた。
さすがに起こすのは気の毒だと眉を顰めていたら、何を思ったかアイアコスさんがおもむろにソファーに近寄って。




「おい、起きろ」




その頭を足蹴にした。



ヒィ!ミーノスさーん!」


踏んだあげくにぐりぐりと踵を入れられて、傍目にも痛そうだ。
思わず悲鳴を上げてしまったけれど、誰も気にしている様子はない。


「ん……」


ミーノスさんも何事もなかったかのように声をもらして、ゆるゆると目を開けた。

どれだけ丈夫なんだ、この人達。
鍛えるとかそういう範疇じゃないだろう、これ。

そんなことを思っている間にも、ミーノスさんはねぼけたように数度瞬いている。
ぼんやりとアイアコスさんを見上げて、ゆっくりと首を傾げた。


「アイアコス……?どうしたんです、そんなにやつれて」
「お前のせいだろいがああぁぁぁぁっ!!」
「私の……?」


力一杯突っ込んだアイアコスさんに、ミーノスさんがさらに首を傾げて。




   ああああああ、すみませんすみませんすみません!!」




床に額をこすりつけた。


「私ともあろうものが、他人に自分の仕事を丸投げするなんて……!何たる体たらく!」
そこかよ!俺に押しつけてすみませんじゃねえのかよ!」
「もちろんそれも申し訳なく思っていますとも!けれど……けれど……ハーデス様から任された仕事、自分で完遂してこその部下でしょう!!」


真っ青になって泣きそうなミーノスさんに、さっきまでのエロさは微塵も見られない。
まるで、生真面目すぎて天然キャラになりかけてしまった人のようだ。


「アイアコス、私の仕事は……!?」
「終わらせた!ついさっきな!」


こんちくしょうとでも言いたげに吐き捨てたアイアコスさんの言葉を聞いて、ミーノスさんは見ている方が可哀相なほどに意気消沈した。
がくりとうなだれているその肩におそるおそる手をかけると、どんよりとした目がこちらを向く。


「…………姫君…………」
「あ、あの、そんなになるまでお仕事してくださっただけで、きっとお父様は嬉しいと思います。むしろ、そんなに負担をかけちゃって、申し訳ないというか……」


そもそも、お父様とヒュプノスさんがもっと真面目に仕事をしていれば、きっと三巨頭の負担も軽くなるはずだ。
余計な負担までかけてしまっているのが明らかなこの状態、ものすごく心苦しい。

すみませんと頭を下げると、ミーノスさんのみならず3人から大慌てで止められた。


「そのようなこと……おやめください、様!」
「姫君、私達はハーデス様のお役に立てることこそが喜び!!」
様が気になさることなど、何もありません!!」


三方から囲まれて、ものすごい勢いだ。

3人とも、特にラダマンティスさんの表情がシュラさん以上に鬼気迫っていて、ものすごく怖い。
泣きそうに怖い。


思わず視線をカノンさんに逃がして助けを求めたら、ため息をつかれてしまった……(酷い!!)
今度こそ半泣きでお父様に助けを求めたくなっていると、不意に首に太い腕が回された。


「もうやめてやれ。こいつ、泣きそうだぞ」
「カノンさん……!」


見捨てたわけじゃないんですね!!と感動して見上げた先には、仕方なさそうに苦笑するカノンさん。
特にお前、と正確にラダマンティスさんを指してくれて、おかげで拷問のようなシチュエーションから解放される。

涙目になっていた私にようやく気づいたのか、ラダマンティスさんが謝りながら大慌てでキャンディーをくれた。
……そんなに子供に見えるのか、私。


















(みんなに可愛がられるヒロイン。ラダは絶対に、彼女を実際よりも子供扱いすると思う。素のミーノスは天然真面目キャラでした)