「第二獄の奥にある花畑はご覧になりましたか?」
「はい!」
「あの花畑は 」
「様、そろそろ」
三巨頭と色々な話をしていると、しびれを切らせたらしいタナトスさんが向かえに来てくれた。
まだ名残惜しいと眉を下げると、タナトスさんも申し訳なさそうに目を伏せる。
「ハーデス様が、様はまだかと心待ちにしておいでなのです」
「すぐ行きます」
脊髄反射で即答。
お父様がわくわくしながら待っているだなんて、(え?違う?)(少なくとも、私の脳内では間違ってないよ!)そんなの、何を置いても行くしかないじゃないですか!
早く早く!とカノンさんの腕を引っ張りつつ奥の間に向かおうとすると、タナトスさんにやんわりと止められた。
「様、ハーデス様はエリュシオンでお待ちです」
「あ、そっか。そうですよね」
わざわざいつも冥界にいても、あまりメリットはないか。
エリュシオンでちゃんと仕事してればの話だけど。
「でも、そうすると、カノンさんは 」
「ここで待機となります」
「嫌!!」
一人で知らないところに行くのは、やっぱり怖い。
タナトスさんが一緒だろうと、アウェイなのが私一人なのには変わりがないだろう。
ぎゅうとカノンさんにしがみつくと、カノンさんが困ったような顔をした。
ちらりと見たタナトスさんが最高に凶悪な顔をしているのに気づいてしまって、さらに顔を押しつける。
怖い!タナトスさん、怖い!!
ガクブル震えながらカノンさんにしがみついていると、頭上で軽いため息がした。
「……タナトス、が怯えてるぞ」
「 っ、失礼いたしました!!」
一瞬で元の顔に戻ったタナトスさんは、それこそ泣きそうに眉を顰めて謝り倒してくる。
確かに怖かったけれど、それほど怯えたつもりはないんだけどな……。
そんなに怯えているように見えたのかと、ちょっぴりショックを受けながら、タナトスさんに近づいた。
「あの、私の方こそ、あんなに嫌がっちゃってすみません」
駄々をこねたら、怒られるのは当然だ。
ぺこりと頭を下げると、両肩をしっかりと包まれた。
「顔をお上げください。様に怒っていたのではありません」
「え?じゃあ、なんで 」
私に対して怒っていたのでなければ、一体どうしてあんなに怖い顔をしていたのだろうか。
首を傾げて見上げると、タナトスさんはものすごく微妙な表情でカノンさんを見た。
視線を受けたカノンさんは軽く肩をすくめて、俺は知らねえぞと言わんばかりの表情だ。
「……本当に、様に怒っていたのではないのですよ」
途方に暮れたような表情で、タナトスさんが呟いた。
右手を上げて、下げて、また上げて。
何度もそれを繰り返して、ためらいながらそれを私の肩に置く。
「ただ……そう、気が高ぶってしまったようです。こうしている間にも、ヒュプノスが執務を放り出しているのではないかと……」
歯切れの悪いその言葉に、そうだったのかとうなずいた。
なるほど、身内の恥は言いにくいだろう。
ほっとしてへにゃりと顔をゆるめると、タナトスさんも強張っていた顔をゆるめた。
「怖がったりしちゃって、ごめんなさい」
タナトスさんはただ、この冥界のことを考えてくれていただけなのに。
勝手に勘違いして怖がっていた自分が、ものすごく恥ずかしかった。
「そのような……誤解を招くような行動をした私がいけないのです」
後悔するかのように目を伏せるタナトスさんのマントをつかんで、小さくかぶりを振る。
夜色の瞳をまっすぐに見ると、たじろいだようにそれが揺れた。
「タナトスさんは悪くありません。 でも、カノンさんと一緒がいいです。駄目ですか……?」
早く帰ってお仕事をしたいだろうに、わがまますぎることは充分承知だ。
だけど、どうしても譲れない。
「お父様にお会いするまででいいんです。お父様には、ちゃんと1人で会えますから。やっぱり……タナトスさんが一緒でも、知らないところに1人きりは怖いんです」
駄目ですか?と首を傾げて見上げたら、タナトスさんが悔しそうに目をそらした。
そらした先には カノンさん?
私と目が合ったカノンさんはひらりと手を振ってくれて、反射的に頬がゆるむ。
お願いします、ともう一度頭を下げると、頭上で小さなため息が聞こえた。
「……仕方ありませんね」
「……っ、ありがとうございます!」
「ただし、控えの間までですよ?」
「はい!それだけで充分です!!」
ばんざーい!と大喜びでカノンさんを振り返ると、仕方がない奴だと言わんばかりに苦笑された。
「ヒュプノスには、お前からちゃんと説明するんだぞ。勘違いで死ぬのはごめんだ」
「任せてください!ちゃんと言いますからっ」
ああ、そう言えば、エリュシオンにはヒュプノスさんの奥さんもいるんだった。
絶対に会ってやる……!(美人さん!逃がすものか!)
握り拳で密かに決心していたら、「また馬鹿なことを考えてるな」とカノンさんに小突かれた。
「馬鹿なことじゃありませんよ、久し振りにちゃんと女性の美人さんに会うんですもの」
「女聖闘士もいるだろう、魔鈴とかシャイナとか」
「仮面かぶってて顔なんかわかりません」
「……それもそうか」
だとしたらどうしてあいつは、いや、だからこそか?
何やらぶつぶつ呟き始めたカノンさんが気になったけれど、ひとまず放ってタナトスさんに向き直る。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
「承知いたしました、様」
優雅に礼をしたタナトスさんに手をとられて、また暗転。
……うう、やっぱり何度やっても慣れない……。
(大人げなくカノンに嫉妬しまくりのタナトスさん。リアは魔鈴のどこに惚れたんだろうという、素朴な疑問。エピGはなしの方向でお願いします)
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