ついに来ました、エリュシオン。


「うっ……わぁぁぁぁぁぁぁい!!」
「はしゃぐな!走るな!こけるだろうが!!」


喜びのあまり駆け出そうとしたら、カノンさんに首根っこをつかんで止められた。


「ぐぎゅ!」


く、首しまった……!


すぐに離してもらえたものの、咳きこむのは止められない。
タナトスさんが慌てたように背中をさすってくれるのがありがたい……。


「カ、カノンさん、酷い……!」
「こけたらどうする、こけたら。第一、お前を放置したら迷子になりそうだ」
「さらに酷い!!」


何かもう、泣きそうだ。
泣いていいですか?


「ほら、行くぞ。ハーデスが待ってるんだろ?」
「そうだ、お父様!」


カノンさんにくしゃりと頭をなでられて、一人寂しく待っているであろうお父様を思い出した。
慌てて歩き出したら、タナトスさんに「そちらはヒュプノスの館ですよ」と方向修正をされる。


エリュシオンは本当に天国のように綺麗だ。
や、天国だから当たり前なんだけれど。

年中こんなに花が咲き乱れているのなんて、うらやましいことこの上ない。
アフロディーテさんの言っていた通り、お花を手土産にしなくてよかった……。


様、こちらへ。ハーデス様がお待ちです」


タナトスさんに連れられて、一際大きくて立派な神殿に入る。
冥界の黒さとは対照的に、ここは聖域のように大理石の白さがまぶしい。

今更ながら、あの時着替えさせられていてよかったと、しみじみ思った。
沙織さんみたいに真っ白でドレープたっぷりのこの服は、なるほどここにはぴったりだ。


いくつかの広間を通りすぎたところで、タナトスさんに目で合図をされたカノンさんが足を止めた。


「俺はここまでだ。、後は一人で行けるな?」
「はい。ありがとうございました」


よく考えたらカノンさんだって、ここでは一人きりなのだ。
何も考えずに駄々をこねた自分が恥ずかしい……。

申し訳ない気持ちでいっぱいになっていると、くしゃりと頭をなでられた。
綺麗に整えられた髪型がくずれないように、そっと。


「……行ってこい。先に聖域で待ってるからな」
「はい」


数日の里帰り。
こんなに聖域になじむとは、自分自身思ってもみなかった。
ここまでみんなと仲良くなれたのが嬉しくて、少しだけ誇らしい。












「お父様!!」


広い広い広間に一人きりで座っているお父様を見た瞬間、思わず駆け出していた。
それはきっと権威の象徴なんだろうけれど、お父様がとても寂しそうに見えたのだ。


「お父様、お久し振りです」


階段の下で足を止めてお辞儀をすると、無言で小さく手招きをされた。
軽い足取りで数段を一気に登りきって、綺麗な顔に間近で笑いかける。


「お会いできて嬉しいです」


超絶美人顔に見つめられて、顔が熱くなる。
我が(義)父ながら美人だなあとしみじみしていたら、その口元が小さくほころんだ。




笑 っ た !


あの、神話上で一度きりしか笑ったことのないハーデス様が、笑った!!
ペルセフォネー様に柘榴の実を食べさせた、あの(ピー!!)疑惑の時にしか笑わなかった(しかもその時も片頬をつり上げただけ)ハーデス様が!!


内心で大興奮していたら、その唇が小さく小さく動いた。


「……よく来た」


うっとりするような美声で言われ、ゆっくりと頭をなでられる。
それだけで幸せになれるあたり、私って結構簡単なのかもしれない。


「冥界はどうだった?」
「皆さん楽しい人ばっかりで、とても楽しかったです」


いろんな意味で楽しい人ばっかりだった。うん。
ミーノスさんには特にびっくりした。


けれど、それを言ったら恐ろしい事になる気がしたから、ただにっこりと笑うだけにしておく。
お父様の目が優しく細められて、よかったというようにうなずいた。


「聖域は、どうだ……?」
「沙織さん、とてもよくしてくださるんですよ!してくれすぎて困っちゃうくらいです」


高価な贈り物(宝飾品とか)は必死でお断りしているけれど、毎週のように何かもらっている気がする。
今週はビスクドールをもらった。


……高すぎるなんて考えない!
ウン十万するなんて、そんなこと知らない!

精神的にきついものがあるけれど、これでもウン百万単位のものをバカスカくれようとしているのは防いでいるのだ。
褒めてください、本当に……。


数々の攻防戦を思い出してちょっぴりアンニュイになっていたら、何かを考えていた様子のお父様に手招きをされた。

もう前に立っているというのに、これ以上どうすればいいんだろうか。
首を傾げて見返すと、すいと手を伸ばされる。
まだ動けないでいると、おもむろに手首を取られた。




「あ」




ぶれる視界に、反射的に声がもれる。

そのままくいと引き寄せられて、あっけなく目の前の膝に着地してしまった。
あつらえたようにすとんと着地して、一瞬何がなんだかわからなくなる。
4回瞬きをしたところで一気に状況がわかって、ざざっと青ざめた。


「ごっ、ごごごごめんなさい!!すぐ退きます!!」
「……」


慌てて立ち上がろうとしたら、引き止めるように無言で頭をなでられる。
私の手首をつかんだまま続けられるそれに、数回瞬いた。


ええと、これは、つまり。
もしかして、降りるなって言っている?


いいの?と目で尋ねると、小さくうなずきが返ってくる。


無口で滅多に感情表現をしないハーデス様。
そんなお父様のその行動が嬉しくて、じわじわと胸にこみあげるものを我慢できなくなった。


「……お父様。一つ、わがまま言ってもいいですか?」


無言で促されて、ゆるみそうな口元を必死に引きしめる。




「ぎゅってして、いいですか?」




両腕を小さく広げて首を傾げると、お父様がぎしりと固まった。
辛抱強くじっと待っていると、しばらくしてから小さく頭が上下する。
その瞬間、待ってましたとばかりに抱きついて、力の限りにぎゅうぎゅうと腕を回した。


「お父様、大好き!!」


またまた固まってしまったお父様が、ようやく解凍しておそるおそる抱きしめ返してくれるまで、あと10秒。


















(シャイボーイなハーデス様、それでも娘は可愛くてたまらない!ヒロインに小さなわがままを言われた時、その可愛さにノックアウトされたのと内容にびっくりされたのが半々で固まってました)