いつもなら朝食の後すぐに執務に入るお父様が、何故か今日はのんびりと紅茶を飲んでいる。
いいのだろうかとこっそり心配していたら、ひょっこりとやってきたヒュプノスさんが「おや、いつもの通りですね。姫君がいらしてから真面目になったと聞いていたのですが」と言って、お父様に凍てつくような目で睨まれていた。


……そうか、あの真面目っぷりは頑張ってたのか、お父様。


「お父様、今日はお仕事はいいんですか?」
「……今日は、休みだ」


ぽつりと(そこはかとなく)不機嫌そうに呟いて、お父様が私を手招いた。
言われるままに近づくと、手をとられてそのまま奥へと引いて行かれる。


私が普段生活しているのは、こことは反対側の手前側だ(それでも充分に奥まったところだけれど)こんなに奥に来たのは初めてで、本当にいいのかとびくびくしてしまう。
主であるお父様が連れてきてるんだから、誰も文句は言わないと思うけど……。


やがて歩みが止まったのは、ひときわ豪奢な両開きの扉の前。
特に念入りに装飾が施されているところを見ると、ここはお父様のお部屋なんだろう。

何のためらいもなく扉に手をかけるお父様を見ながら、そんなことを考えた。
視線だけで入れと促されて、秘密の花園に足を踏み入れる気分でそろりと入る。


入って、死ぬほど驚いた。




「うわあ……!」




ウサギに猫に犬にペンギン、虎に狐にアザラシ、さらにはにオコジョ。
数え切れないほどたくさんの編みぐるみとぬいぐるみが、ベッドの上いっぱいに所狭しと鎮座していた。

むしろ、無造作に積み上げられていた。


「すごいすごいすごい!!可愛いー!!」


思わず駆け寄ってふわふわのテディベア(大)を抱き締めると、さぞ高かろうと思える抱き心地だ。


ど、どうしたんだろう、こんなにいっぱい……!
編みぐるみはお父様の手作りだとしても、この高そうなぬいぐるみの数々は、もしや通販で!?


無駄遣いをさせてしまった!と恐れおののいていると、お父様が音もなく近づいてきた。
どことなく不安そうな目をしているのは、私の気のせいだろうか。


「……気に入ったか?」
「そりゃあもう!」


思わず答えてしまってから、そうじゃないだろ!と盛大に自分に突っ込む。
もっとこう、経費を心配するような言葉を!!
とか思いながらお父様を見たら、嬉しそうな気配をかもしだしていたから、何も言えなくなってしまった。


「……気に入ったなら、よかった」


ほっとしたようにそう言ったお父様のその向こう、椅子の上にちょこりと乗っているものを見て、飛び出そうになった声を必死にこらえる。


片足がまだ縫いつけられていない、もっふりした毛並みの テ デ ィ ベ ア 。
その前に置かれている猫脚の華奢な小さいテーブルには、針山と糸。


まさか、まさか、まさか。


「あの……お父様?これ全部、お父様が作ったとか……」


おそるおそる訊いてみると、あろうことかこっくりとうなずかれた。


……そうか、ぬいぐるみまで作れるようになったのか、ハーデス様……。
どこまで器用なんだろう、この人……。


いや、それよりも、こんなに作ってあるのは。


「これ、全部、私に?」


首を傾げて訊くと、再び返ってくるうなずき。
以前から時々タナトスさんが持ってきてくれていたけれど、まだこんなにあったとは思わなかった。
ぬいぐるみや編みぐるみのおかげで、聖域の私の部屋はすっかり女の子仕様だ。

ちなみに、沙織さんが喜々として華奢な家具を揃えてくれたものだから、更にどこのお嬢様だという感じの内装になっている。


じっと私の反応を待っているお父様に飛びついて、ぎゅうぎゅう抱きしめた。


「ありがとうございます!可愛い……!!」


ぬいぐるみをもらったことはなかったから、きっと練習してくれていたんだろう。
そんなことをしてくれていたことが、とても嬉しい。


お父様はしばらく慌てていたようだったけれど、最初よりはずっと早く復活して抱きしめ返してくれた。
そのまま頭のてっぺんにキスをくれたお父様は、私を椅子に座らせる。
そして自分も隣に座ると、黙々と作りかけのテディベアに足をつけ始めた。


白い指が器用に動いて、あっという間にテディベアが出来上がっていく。
時々手を止めては、左右のバランスを見ながらちょいちょいと修正。
妙に慣れた手つきがプロっぽい。


じっと見ていたら無意識に身を乗り出していたらしく、お父様にテディベアを差し出された。
もしかして、やりたそうに見えたんだろうか。


「お父様が作ってください。私、お父様が作ったテディベアがほしいんです」


かぶりを振ってそう言うと、ほんの僅かに目を見開かれた。
何だろうと首を傾げていたら、特に何も言わないまままたテディベア作りに戻ってしまう。
ただし、その手つきが今までの倍丁寧だ。


その様子をじっと見るのも何なので、側に置いてあった鉤針と白の糸でレース編みを開始してみる。


ええと、どんな感じだっけ。
最初は何度か解いては編み直してを繰り返していたけれど、数分もすれば何とか思い出せた。


形を整えるのがなかなか難しくて熱中していたら、いつの間にか時間が経っていたようだ。
膝の上にそっとテディベアが乗ってきた。




「あ」




すっかり放置プレイをしていたことに気づいて慌てて顔を上げると、お父様とバッチリ目が合う。




「…………」




……やめて!!
その微笑ましそうな目、やめて!!
何か死ぬほど恥ずかしい……!


2割程度しかできていなかったレース編みを力任せにほどこうとしたら、ものすごく慌てて止められた。
完成したらくれと言わんばかりの目に負けて、結局最後まで作ることになったけれど……。
こんなに手先が器用な人にこんなものをあげるの、ものすごく気が引けるんですけど!


















(ハーデス様のお裁縫の腕はプロ並み。娘が喜んでくれるのが嬉しくて、ついつい頑張りすぎちゃった模様)