よろしいでしょう。それだけ動ければ、もうここでの生活に支障はありません」


3ヶ月かけてようやくリハビリを終えたは、シオンにそう言われて表情を明るくした。

ここだけならばと許可された、部屋から続くごく狭い中庭だけは出歩けたものの、その目的もすべて身体を動かすため。
おかげで剣の腕はほぼ衰えを見せていないが、シオンとごくごく一部の女官としか顔を合わせない日々は、単調以外の何物でもなかった。


「じゃあ、みんなに会える?」
「お師様が望むなら、今日にでも」


幸い、遠い地に任務へと赴いている黄金聖闘士はいない。
シュラがトルコへ行っているが、あれはアテナが呼べば瞬時に帰ってくるだろう。

何気にさりげなく黄金聖闘士をパブロフの犬扱いしつつ、シオンはほころぶ師の顔を見て目尻を下げた。


こんなにも嬉しそうな表情を見るのは、本当に久しぶりだ。
閉じ込めていた自覚があるから、喜んでもらえることがなおさら嬉しかった。


「じゃあ、午後から会わせてもらってもいいかな?身支度を整えなきゃいけないし……」
「かしこまりました」


弾む声でそう告げたに深く頭を下げ、シオンは滑るように彼女の部屋を後にする。
扉を閉じようとしたその瞬間に聞こえた言葉に一瞬動きが止まりそうになったが、すんでのところで必死にこらえた。




「ベス……やっと、会える」




   貴女が友と呼んだあのお方は、すでにこの世にはいないのです。


何度も言おうとして、けれどけして言えなかった言葉。
結局言えずに、ここまできてしまった。

師を悲しませたくないと願いつつ、結局は我が身可愛さにショックを先伸ばしにし続けただけではないのか。
もっと他に、うまく伝える方法はなかったのか。

本当にこれでよかったのかという迷いが頭をよぎったが、シオンはひとつかぶりを降ってそれを追い出した。


   これでよかったのだ。
彼女の容体が完治するまで、伝えるべきではなかったのだ。












「アテナ、我が師がアテナおよび黄金聖闘士との対面を望んでおります」
「まあ、そこまで回復したのですね!」
「長らくお待たせしてしまい、申し訳ありません」


ぱっと顔を輝かせた沙織は、頭を下げたシオンにかぶりを振る。

知識として知っている、先代アテナの友。
彼女が無事であることが嬉しい。
アテナをアテナとしてではなく、一個人として接してくれた、大切な人だから。

シオンから話を聞き、先代の遺した文献を読んだだけだが、自分とも親しくしてくれるだろうか。

期待と不安の入り交じった表情をしている沙織に、シオンは内心を押し隠して微笑んだ。
まさか、師はアテナを先代のままだと思いこんでいますとはいえない。


「あのお方は、きっとアテナのよき友となりましょう」
   !!」


友という言葉に、沙織が珍しく年相応の笑顔になる。
現人神とはいえまだ14歳の少女、やはり友に飢えているのだろう。

同じ年頃の青銅聖闘士と親しくしているとはいえ、彼らも基本的にはアテナを『守る者』。
やはり、友人とは少々違うようだ。


「黄金聖闘士全員に召集をかけます。アテナの御名をお借りしてもよろしいか」
「もちろん。くれぐれも失礼のないようにと伝えてくださいな」
「御意」


にこやかな沙織の了承を得て、シオンは黄金聖闘士へと小宇宙を飛ばす。
理由は一切告げずに召集のみを命じるそれに首を傾げる者も多かったが、教皇、ひいてはアテナの命ならばと、特に異を唱えることはなかった。

黄金全員に召集というのがいささか穏やかではないが、今までも稀にはあったこと。
何か不穏な動きがあるというわけではないだろう。


シオンと付き合いの長い童虎も、彼の小宇宙に人かけらの乱れがないことを確認し、一人うなずいた。

みるところ、新たな施策の発令か何かだろう。
やれ行くかと、ゆるりと立ち上がって聖衣を身につけた。


何故呼ばれたのかを追及していたら、絶対にかもし出せない余裕っぷりだ。
追及しても、見事にかわされるかもしれないが。




   本当に、「知らぬが仏」とはよく言ったもので。