穏やかな表情で眠るを見下ろし、シオンは眉間に深く皺を刻む。
どうやって、説明をすべきだろうか。
いまだあの穏やかな時の続きを刻み続ける師に、現実を告げるのは辛すぎた。
傷つき疲れ果てているこの状況で、唯一心待ちにしているアテナとの再会さえ不可能だと知れたら、彼女は一体どうなってしまうのだろうか。
思考にふけりながら沙織の下に向かったシオンを待っていたのは、彼が仕えるアテナと彼を補佐する2名の黄金聖闘士だった。
「シオン、あの方の目は覚めたのですか?」
心配の色を瞳にたたえた沙織にうなずいて、しかしと続ける。
「体力、精神力共に消耗が激しく……再び眠りにつきました」
「まあ……」
美しい顔が不安に曇った。
主に心配をかけていることを申し訳なく思いつつも、アテナに心配される師が誇らしいと感じてしまう。
そんな己に内心苦笑しながら、シオンは沙織を安心させるように微笑んだ。
「強い方です、必ずや目を覚ましましょう」
気にするなと言われたから、信じて気にしない。
言ったことは必ず守る人だから。
できない約束は、絶対にしない人だから。
自信と信頼に満ちたその微笑みに、沙織もようやく頬をゆるませる。
「 そうですね」
信じましょうと呟かれた声音が安堵に揺れていたのは、沙織としてか、『アテナ』としてか。
次に目が覚めたを待っていたのは、手足の曲げ伸ばしから始まるリハビリの日々だった。
どうやらあれからまた2週間が経っていたらしい。
久しぶりの視界に真っ先に入ってきたのが点滴の袋だったのは、思い出すだに切なくなる記憶だ。
いや、あの、ベスなんて贅沢言わないけど、せめて最初くらい人の顔を……。
そりゃあ深夜に目が覚めた私も悪かったけど、点滴って……。
ひっそりと泣きたくなりながら軽いダンベルの上げ下ろしをしていたの耳に、小さなノックの音が聞こえた。
慣れ親しんだ気配に顔をほころばせ、入室の許可を求める言葉が聞こえるよりも前に、扉の向こうに声をかける。
「おいで、シオン」
「失礼します」
一見冷静に聞こえる声が僅かに弾んでいるのに、はたしてこの聖域の何人が気づくだろうか。
正確にそれに気づいた一人であるは、くすくすと笑いながら彼を迎える。
「毎日のようにここに来るけど……仕事はちゃんとしてるの?」
「童虎の奴とは違います」
「そう?ならいいけど」
実は必要最低限の仕事以外はすべて某補佐に丸投げしているシオン(補佐は最近胃薬が手放せないらしい)、ちゃっかりと彼女の中の株を上げた。
そうとは知らないは安心したように頬をゆるめ、昔のようにシオンの頭をなでる。
「本当に、シオンは昔から真面目だよね」
懐かしそうに目を細めて呟くは、どこか寂しそうだ。
いや、悲しそうだ。
できる限り甘えさせたつもりではあるが、それでもあの頃、シオンや童虎が子供でいられた時間はあまりにも短かった。
ましてあの後、この子供たちが「子供」でいられた時間は、一体どれほどのものだっただろう。
「少しは甘えなさい。子供は甘えるのも仕事なんだから」
「……お師様」
「難しいことはすべて大人に丸投げしなさい。ちょっとは子供らしいところを見せてくれないと、可愛気がないじゃない」
ふいと横を向いて見せたは、戸惑いつつも嬉しそうなシオンの気配を感じながら、気づかれないようにそっと目を伏せた。
生き急いでいた子供。
大人にならざるを得なかった子供。
ただの子供として生きる術を示してあげられなくて、ごめんなさい。
まっとうな人生を歩めたとは言えない、しかし確かにまっとうな子供時代を過ごすことのできた女は、心の中で懺悔した。
誰に届くわけでもなかったけれど。
|