慌てて合わせるように膝をついたカミュのおかげで、とシオンの視線は今も近い。
記憶とはずいぶんと変わってしまった弟子に目を細め、は空いた手でその頭をなでた。
それを見たカミュがぎょっとしたような目を向けてきたが、それはひとまずおいておく。
「大きくなったね、シオン。童虎は元気?」
「はい。つつがなく」
「そう。教皇になっているということは、お前はちゃんと黄金聖闘士になったんだね」
懸命に修行に励んでいた小さな身体を思い出して目を細めると、シオンもまた小さく笑う。
彼もまた、あの修行時代を思い出したのだろうか。
「私は牡牛座に。童虎は天秤座になっております」
「童虎も!」
はしゃぐように声のトーンをあげたの頬に触れ、シオンは泣きたくなるのをこらえて微笑む。
「本当に……永い間、お待ちいたしました」
仲間が次々と斃れ、二人きりで過ごしたこの200年あまり。
前聖戦を知る者ももはやおらず、彼女を知る者もいなくなった。
冥界を見張る童虎とも語り合うことがかなわず、教皇という重圧に耐えながら、何度師を思い出したことか。
まさか、今一度目見えることができるとは。
「あー……うん、ごめんってば。今度は半永久的にこっちにいるから、それで許して?」
はで愛弟子を放り出した自覚があるので、強く出ることなどできはしない。
困りきってシオンの手に自分のそれを重ねたの姿を上から下までじっと見て、何度か瞬いたシオンがおそるおそる尋ねた。
「……ずっと、こちらに?」
「うん。まあ、色々あって。 聖域が秘密主義だってことも知ってるし、外部の人間が介入できないっていうこともわかってる。ベスなら多分許してくれると思うけど、駄目なら違うところでどうにかす 」
「駄目なことなど!!」
反射的にあげた声は思った以上に大きくなり、他の二人はもちろんシオン本人も驚いた。
けれど、それを表面には見せずに繰り返す。
「駄目なことなど、あるはずがございません。アテナにはこのシオンからお願い申し上げましょう。アテナもきっと、賛成してくださいます」
その言い方に少しひっかかるものはあったが、懐かしい友人に会えると信じて疑わないは、無意識にそれをおさえこんだ。
「ありがとう!ねえ、ベスに会える?色々話もしたいし、一応私からもお願いしたいから」
はしゃいだその声は、会えるという確信に満ちあふれている。
しかし、それを聞いたシオンは苦しそうな表情になった。
「それは 」
「今は忙しいなら、後でも構わないよ」
微笑む師に何と答えていいのか、シオンにはわからなかった。
彼女が友と呼び、大切に思っていたあのアテナは、すでにこの世にはいないのだ。
それを知らずに再会を望むこの師に、何と言ったらいいというのか。
数瞬逡巡したあげく、今は保留にすることにした。
見れば両脚を負傷している様子、この上精神的な負担までかけたくない。
「お師様、その脚は……?」
かなり無理のある話題転換だったが、は特に気にせずそれに乗った。
「ちょっとヘマをして砕かれてね。今は応急手当てでこうだけど、とりあえず冷たい」
「カミュ、これを外せ」
何だかんだで弟子馬鹿のシオンは、それを聞いた瞬間にカミュに指示をとばす。
いまだに事態がよく飲みめないながらも、教皇とこの不審者が特別な関係らしいということだけは理解した彼は、慌てて氷の柱を消した。
すかさずシオンがサイコキネシスで脚を固定する。
添え木よりもずっと確実な固定法に、がほうとため息をついた。
「制御がうまくなったね。ほとんど痛まない」
「あれからずいぶんと、修行をいたしました故」
笑って言ったシオンは、そのままの表情でカミュの手からを取り上げる。
狼狽する彼をついと立ち上がって見下ろし、いつもの通り威厳に満ちた声で宣言した。
「この方は、このシオンと天秤座の童虎の敬愛する師。何人たりとも非礼な振る舞いは許さぬ。 師が回復して後、改めて黄金聖闘士との対面を行う故、それまでは事を荒立てぬよう」
「 は」
つまりは、このことを誰にも話すなという命令だ。
膝をついて礼をしたカミュを一瞥すると、シオンは無言で教皇の間を出る。
通りかかった女官に部屋の用意を指示するシオンを見上げ、はこらえきれなくなったかのように忍び笑いをもらした。
「ちゃんと教皇、やってるじゃない。頑張ってるんだね」
200年以上経った今も、変わらず注がれる褒め言葉。
赤くなった頬を隠すように顔をそむけ、準備が整いつつあるはずの部屋へと向かう。
完璧な固定をしながらも、それでも怪我に響かないように、極力静かに歩く。
さすがに躾の行き届いた女官、到着した時にはすで完璧な状態になっているあたり、その優秀さがうかがえた。
「部屋はこちらをお使いください。以前の家は、すでに人の住めるような状態ではないので……」
形どころか、今となっては基礎が残っているかどうか。
童虎と代わる代わる手入れには行っていたが、それも聖戦が起きてからはそんな暇などなくなってしまった。
そっとをベッドに寝かせると、シオンはその髪をゆっくりとなでる。
懐かしい黒髪は、血と埃と汗と、それから何かわからない液体とで汚れている。
服も同様に酷い有様で、彼女が直前までどれほどすさまじい戦いに身を投じていたのかがうかがえた。
「……本当に大きくなったね、シオン。あれから何年経った?」
「 この肉体は、18になりました」
何と答えようか迷ったあげく、シオンは何も知らない師に、真実ではないが嘘でもないことを答えた。
そんなになるの、と目を細めた師に微笑み返し、シオンは低くささやく。
「お帰りなさい、お師様。ゆっくりお休みください」
「ただいま、シオン。お休み」
せめて今だけは、いい夢を。
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