データと睨めっこをして計画と付き合わせて、さらに次年度の事業計画案とも兼ね合いを考えて。
そんなことをしていると、あっと言う間に時間がすぎていく。
「ぎゃあ!先輩、この部門のデータがありえない事になってます!」
「え? ああ、これは引っ張ってくるセルが違うんだよ。ほら、AB列じゃなくてさ、AD列じゃない?だから、列数は28じゃなくて30だよ」
「……あ、本当だ」
いまだにvlookup関数を間違えて、こんな騒ぎになることもしばしば。
その度に呆れずに教えてくれる先輩には、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
もっとできる後輩なら、こんなに迷惑かけることもないのに……!
できない奴で本当にすいません、先輩……!
わたわたと関数を直していたら、背後から柔らかく声をかけられた。
「さん」
「え?あ、はい!」
また何かお仕事かと振り向くと、笑顔の幸村さんが小首を傾げている。
「幸村さん?どうかしましたか?」
幸村さんに私が教えられることなんて、これっぽっちもないはずだ。
うちの会社独自のシステムややり方については、先輩に訊いた方がずっと早くて正確だし。
そう思いながら声をかけると、はにかむような笑顔が返ってきた。
「決済書の起案をしたいんだけど、ちょっとよくわからなくて……。よかったら、教えてもらえると嬉しいな」
「決済書ですか」
それなら私もわかる。
うちの決済書は1万円以上から、社内ネットワークを通じて申請をあげる。
これが普通だと思っていたけれど、違うところもあるんだろうか。
内心不思議に思いながら、席を立って幸村さんのデスクに向かう。
「ええと、まずはSWSPに入って 」
「SWSP?」
「あ、ソーシャルワーキングサポートポータルです。ほら、社内ネットワークの。スワップとか呼ぶ人もいるみたいですけど」
出退勤の打刻もここでするから、多分幸村さんも存在自体は知っているはずだ。
そうじゃなきゃ扱い上、今日は無断欠勤になってしまっている。
「ああ、スワップってそのことだったのか。てっきりSWAPかと思ってたよ」
「どんな緊急措置ですか。そんなものをほいほい使ってたら、毎回パソコンがフリーズしちゃいますよ」
まあ確かに、入社したばかりの頃は、私も心の中で毎回突っ込んでいたものだ。
このセンスのない名称を考えるのは、一体誰なんだろうか。
不吉すぎる、不吉。
「それで、財務会計タブから決済に入って」
「うん」
細くてしっかりとした指が、キーボードとマウスを流れるように動かしていく。
うっかりそれに見惚れそうになっていたら、耳障りの最高な声で引き戻された。
「次はこの、決済書申請ってところでいいのかな?」
「そうですそうです、そうしたら赤い文字のところを全部埋めて 」
勘定科目は、とか承認ルートは、とか、いろいろ訊かれてその度に答えて。
緊張したけれど、結構普通に答えられる自分にほっとした。
少しは成長していたんだと、自分で自分に驚いたよ。
「どうもありがとう」
「いえ、お役に立ててよかったです」
申請を終えてそんな会話を交わすと、ついでのように幸村さんが微笑んだ。
「よかったら、お昼、どう?お礼におごるよ」
「え?」
驚いて綺麗な顔を見るけれど、特に他意があるようには感じられない。
いつも適当に一人で食べているけれど、たまにはこういうのもいいかもしれない。
「はい」
「じゃあ、どこか行きたいところを決めておいてね。俺はこのあたりの店、まだよくわからないから」
「はーい」
ついでに、幸村さんのランチ場所探しも兼ねているようだ。
悪戯っぽく笑った幸村さんに返事をしつつ、声をあげて笑いそうになるのを必死にこらえる。
どこがいいかな、最近食べていないからパスタ屋さんもいいかもしれない。
でも、和食も捨てがたいし……そんなに食欲がないから、お蕎麦とかうどんとかもいいかも。
そんなことを考えながら仕事をしていたら、あっという間にお昼になった。
幸村さんに連れられて社外に出ると、すっかり秋になった空気が肺を刺す。
ジャケットを羽織ってもまだ少し寒いそれに小さく身震いをして、早くお店に入ってしまおうと歩き出した。
早足だったにもかかわらず、幸村さんは至極普通に横に並んでついてくる。
やっぱり、男の人って、歩幅が違うんだなあ。
「さんは、大学では何を勉強してたの?」
「実は、哲学科だったんです。毎日本に攻撃されてました」
プラトンなんか大っ嫌いとは、ついウッカリ彼を卒論に選んでしまった友達の言葉だ。
あの同性愛者め!!とかヤケクソ言ってたけど、当時はそれが一つの教養人としての文化だったんだよ……。
ちなみに私は、無難に中世の哲学がキリスト教とどのような関係があったかを書いておいた。
准教授にものすごく手伝ってもらったけれど、おかげさまで優をもらうことができて幸せです。
「哲学部で事業推進じゃ、ずいぶん大変だったんじゃない?」
「そうなんですよ!どうしてここに配属になったのか、人事に小一時間問い詰めたいくらいですもん」
こんな配属、畑違いもいいところだ。
せっかく仲良くなった同期とも離れてしまったし、寂しいことこの上ない。
「あ、幸村さん、丼ものとかお蕎麦とか、和食は平気ですか?」
「うん。何でも平気だよ」
「よかった。おいしい讃岐うどんがあるお店があるんです。そこに行こうかと思って」
「楽しみだな。ありがとう」
私の希望よりも幸村さんの食べる量を優先したわけじゃないけれど、男の人でも満足できる量の店を選んだのは確かだ。
それに気づいているのかどうかはわからなかったけれど、ごく自然にお礼を言われてくすぐったかった。
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