これは何かの陰謀かと、思わず頭を抱えたくなった。
予感的中どころか、さらに面倒な事態になってるじゃない!








ガブリエルと大和撫子









忍足先輩の方は、翌日すぐに返事がきたらしい。
らしい、というのは、亮がそれを伝えてくれたのが2日後だったからなんだけれど。




「……1週間後」
「だとよ」




「それまでに、テーブルマナーを覚えろと?」
「あー……別にいいんじゃね?」


あからさまにかなり適当な亮の答えに、ため息が出てしまった。


「あのさ、亮。テーブルマナーって、間違えるととんでもなく恥ずかしいのよ」
「そんなもんか?」
「そんなもの。特に跡部先輩とか忍足先輩の前で間違えてみなさいよ」


馬鹿にされるか哀れまれるか、はたまた申し訳なさそうな顔をされるか。
想像するだけで悔しくなるような結末が、目に見えている。

思わずぎりりと奥歯を噛みしめると、亮が何とも言えない表情をした。


「相変わらず、負けず嫌いだな……」
「当たり前でしょ?今更何言ってるの」


忍足先輩の方が先にあるから、まずはテーブルマナーを思い出すべきだろう。
救いは1年に1度、テーブルマナー講習があることか。
中学からのあれこれを思い出してみて、ところどころの記憶がぼやけていることに顔をしかめた。


「……帰りに、図書館で借りていくわ」
「頑張れ。そして俺に教えろ」
「気力と余裕があったらね」


実践書を借りた方がいいだろうと判断して、早々に椅子から立ち上がる。
これから予備校に行くんだろう、亮もほぼ同時に立ち上がりながら重たげなバッグを肩にかけた。


「気をつけて帰れよ」
「はいはい」


この年になっても帰りの心配をする亮にひらひらと手を振り、足早に図書館に向かう。
閉館時間まではまだあるけれど、あの膨大な蔵書の中から目的のものを簡単に探せるとは思えなかった。
司書さんに会釈をして、検索端末へ。


「……多いな……」


ヒット数だけで50を超えた。
しかも、該当区分があちこちに散らばっている。

仕方がないので、もう少し条件を詳細にした。
今度はどうにか10に収まって、これで探せると一安心。


書架に行ってめぼしいものを探していたら、背後から訝しげな声がかかった。


「……?」
「日吉?」


どうしてこんなところにいるのかとでも言いたげに、日吉が眉を顰めて立っている。
それはこっちのセリフだと、思わず言いたくなった。
こちらも眉を顰めていると、日吉がふと私の手元に視線を落として呟く。


「テーブルマナーか……忍足先輩に?」
「え?ああ、そう。日吉も?」
「ああ」


お互いどうしてここにきたのか、すぐにわかったらしい。
お互いを気の毒そうな目で一瞥して、無言でそれぞれ半分ずつ本を取り出す。
やっぱり無言で同じテーブルに運ぶと、向かい合って席についた。


「……細かいところまで覚えてないわよね」
「当然だ」


鼻を鳴らしてうなずいた日吉が、ぱらぱらとページをめくっていく。


フォークナイフの使い方、スプーンの正しい置き方、どの食材にどういう風にナイフをいれたら正しいのか。
2冊読んだところで、早々に限界がきた。


「……実践なしでわかれなんて、無理だと思うのは私だけ?」
「安心しろ、俺もだ」


これをすんなり実践できる跡部先輩達が、急にすごい存在に思えてくる。
ため息をつきながら本の山を見つめ、どうしたものかと眉根を寄せた。

いくら日吉が努力の人だとしても、こればかりは限界があるだろう。
1週間でマスターしろなんて、土台無理な話だ。
私も無理   待てよ?




「実際にやってみればいいんじゃない?」




「はあ?」
「日吉もやる?1人分用意するも2人分用意するも、そんなに変わらないでしょ」


どうせティーパーティー、用意するのはケーキとスコーンぐらいで充分だろう。
それ以外に必要なものは、また本で調べればいい話だし。


「……お前の家でか?」
「別に日吉の家でもいいけど。邪魔にならないの?」


キッチンを使うのも、普段慣れている方がいいだろう。
そう考えて言ったんだけれど……日吉が自分の家の方がいいというなら、別にそちらでも構わない。


というか、断らないことに驚いた。
日吉の性格からいって、馬鹿にするか一笑に伏すかのどちらかだと思っていたんだけれど……。


「別に、邪魔じゃない」
「ふうん……じゃあ、お邪魔しようかな」


日吉を家に上げると、また兄貴がうるさそう……。
ああ、でも、兄貴なら気に入りそうかな。


まあそれはどうでもいいかとかぶりを振って、持って行く材料を考える。
最低限、卵と小麦粉は必要だろうから   


「おい、
「ん?」
「お前、菓子類を作るのに何が必要かとか、考えてないだろうな」
「え、考えてたけど、それが何か?」


ないだろうなと言われても、考えるのは当然だろう。
首を傾げると、日吉が眉間にしわを寄せてため息をついた。


「……材料ぐらい、うちで用意する」
「でも」
「いいから、お前は来るだけでいい」


わかったなと念まで押されては、それ以上食い下がることもできない。
渋々うなずくと、日吉がそれでいいと言うように、すいと目を細めた。


……無性に頭にくるのは、私が未熟なんだろうか。
いやいや、そんなことはないはずだ。


そのまま日吉と別れてから、ふと気づいた。


日吉の家でやるなら、ついでに茶道の作法も教えてもらえないだろうか。
始めから着物を着ては到底無理だろうけれど、洋服ならなんとかなるかもしれない。


今度訊いてみようと考えて、それ以前にいつお邪魔するかすら相談していなかったことに気がついた。
……いつにするのさ、本当に。