それくらい気づけ、馬鹿!!
ガブリエルと大和撫子
さすがに残り1週間では、時間がないなんて言っていられなかったらしい。
部活の日も含め、ほぼ毎日やることになった。
「かなり待たせることになるが……悪いな」
「別にいいよ、亮で慣れてるし。こっちこそ、疲れてるのに」
申し訳なさそうに顔をしかめた日吉にかぶりを振って、作るお菓子を考える。
本で調べた限りでは、そんなに大層なものは出ないはずだ。
フィンガーサンドイッチ、焼き菓子、スコーン、クッキー、ケーキ。
ケーキは作って行った方がいいと判断したので、家庭科室の冷蔵庫を借りて保存してある。
学校の冷蔵庫は業務用だから、保存の信頼度はばっちりだ。
「さて、と」
日吉は部活に行ってしまったし、亮はとっくに帰っている。
宿題でも終わらせておくかとノートを広げた。
数学と睨み合いをしながら問題集を解き進めていたら、いつの間にかずいぶんと時間が経っていたらしい。
「さん」
笑みを含んだ声に顔を上げると、日吉と並んだ鳳君が苦笑していた。
二人とも制服に着替えているところを見ると 。
「……終わった?」
「20分前に、ね。ずいぶん集中してたね」
言われて姿勢を戻せば、確かにずいぶん肩と背中が張っていた。
自分でも気づかないうちに、根をつめていたらしい。
「ごめん、今準備する」
「ああ」
適当にノート類を詰めこんでいたら、焦るなと注意された。
かなり適当に見えたらしい。
これでも一応、入れる場所には気を遣っていたんだけれど。
「お待たせ。行こうか」
「俺も行きたいなあ」
「お前はもう完璧だろ」
「あ、じゃあ、教えてもらえばいいんじゃない?」
本を読み解く手間が省けると提案したら、日吉がものすごく嫌そうな顔をした。
人の良さそうな笑顔を浮かべている鳳君に聞こえないように、耳元でささやかれる。
「……俺に、こいつの面倒まで見ろって言うのか?」
マンツーマンで。
茶道を。
あまりに近すぎる距離に心臓が跳ねたけれど、その内容に納得する。
……確かに、鳳君に懇切丁寧に教えるのは大変そうだ。
本人には悪いけれど、鳳君は少し抜けているところがあるから。
「……そうだった」
こそりと返して、鳳君に向き直る。
「ごめん、やっぱり自分達で覚えていきたいんだ。また今度、教えてもらえるかな」
半分本当だけれど、半分厄介払い。
半分の意図には気づかれなかったようで、鳳君は残念そうにしながらも笑ってうなずいてくれた。
わからないことがあったら、いつでも電話をくれよ。
そう日吉に告げて立ち去る彼を見送って、日吉と2人で小さく息を吐いた。
「……助かった」
「どういたしまして。スムーズに進むに越したことはないし……」
一緒にやったら、きっと楽しい。
けれど、疲れているこの状態で、鳳君のテンションに合わせるのはちょっとつらい。
ごめんねと心の中で謝りながら、並んで校門をくぐった。
道すがらも茶道の作法についていろいろ聞き、ネットであらかじめ調べておいた情報と照合する。
……お茶の受け方に関しては、大体理解できたかもしれない。
あとは実際に移動する時だろうか。
「、菓子類を作るのにどれくらいかかる?」
「30分もあればできると思うよ。それまでどっちの勉強をする?」
玄関をくぐりながら日吉に訊くと、少しの間をおいて茶道の方を、と返ってきた。
ティーパーティーの方は、実物があった方がいいと思ったらしい。
「わかった。服はこのままでいい?」
「ああ」
正座をするにはスカートが短かすぎないかと思ったけれど、日吉は特に気にしなかったようだ。
さくさく離れに向かってしまう日吉を慌てて追いかけると、小ぢんまりとした茶室が建っていた。
「……ええと、いきなりこれじゃなくてもいいと思うんだけど……」
「今度の茶会はここでやる。慣れておいた方がいいだろう?」
いや、まあ、それはそうですけど。
「まずは入り方だが 」
「日吉、先に入って」
「馬鹿か。手本は見せるが、お前が入れ」
「馬鹿はそっちだ!」
自分の失言に全く気づかない日吉を、思わずはたいてしまった。
ああ、もう!
どうして気づかないかな!?
「あの高さにこのスカートでかがんで入ったら、あんた痴漢になるでしょ!?」
暑くなってきたこの季節、スパッツをはくのを忘れてきてしまった。
イコール、スカートの中が丸見えになるわけで。
噛みつくようにまくしたてると、日吉もようやく気づいたらしい。
一瞬で頬を真っ赤にして、すまないとか何とかもごもご呟いた。
私も顔が熱すぎる。
どうしてくれよう、この羞恥心。
「……俺、が、先に見本を見せるから」
「……よろしく」
ぎこちなく歩いていった日吉は、ポケットから小さな扇子を取り出した。
さっき一瞬いなくなったのは、これを取りに行っていたのか。
「茶室に入る際は、まず入口で扇子を先に置く。自分が客だと、主人に知らせるためだ」
「置き方は?」
「こう。それから手をついて頭を下げ、中に入る」
するりと入った日吉に続いて見よう見まねで入ってみると、「姿勢が悪い。背筋を伸ばせ」と注意された。
元々少し猫背気味なんだけれど、入口の狭さを気にしすぎたようだ。
もう一度入り直すと、まだ少し顔を顰めた日吉に、それでも何とか合格点をもらえた。
それから進む順序を説明してもらって、実際に何度か歩いてみる。
歩の進め方は気にするなと言われた。
「次は 」
「あー!!待って、スコーン!!」
集中しすぎて忘れていた!
オーブンに入れっ放しのスコーンを思い出して、慌ててキッチンに走る。
嫌な臭いが充満するキッチンの換気扇を全開にして、更に窓も全開。
余熱ですっかり黒焦げになったスコーンに、日吉と二人、無言で顔を見合わせた。
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