亮の家に押し掛けて盛大に文句を言ったら、いかにも哀れむような目でたっぷりと見られた。
ムカついたから延髄切りをお見舞いしたけど、見事に見切られてさらに悔しくなる。
「ちょっと、避けないでよ!」
「無茶言うな馬鹿!いいじゃねえか、日吉といられる時間が長いんだぞ?」
「テニスのことを何もわかってない奴が行っても邪魔なだけでしょ!」
マネージャーは部員をサポートするためにいるもの。
私が行っても、サポートするどころか迷惑しかかけないことは明白なのに。
「亮、あんた跡部先輩と友達でしょ?考え直させてよ」
「無理だって。監督まで納得してんなら、もう俺が言ったところでどうにもなんねぇよ」
諦めろと苦笑すると、亮は本棚からぼろぼろの本を取りだした。
「テニスの簡単なルールが載ってる。そんなに不安ならこれでも読んどけよ、ちょっとはマシだろ」
「……ありがと」
小学生の頃に、亮が何度も何度も読んでいた本。
手垢で汚れてボロボロだけど、そんなになるまで読み込んでいた亮を思い出す。
それを渡されてまで、文句を言っていいわけがない。
「不本意だけど、臨時だしね。それなりに恥をかかないように頑張るよ」
自分の大切な本を貸してくれた幼なじみに、不敵に笑う。
「だから、もう何冊か貸してくれる?」
やる以上は、とことん本格的に。
ガブリエルと嵐の日々
「よう、迎えに来てやったぜ?」
「朝っぱらからなんてことしてくださりやがるんですか」
黒塗りのベンツ(最高級)を、門の前に横付け。
ご近所さんに何事かと思われちゃうじゃないの!
「何だよ、この俺様が直々に迎えに来てやったのに、不満だってのか?あぁん?」
「エロい声を出していただかなくても結構です。 迎えに来ていただいたのはありがたいっていうかそうしないと逃げるかもしれないと踏んだからなんでしょうけど、その方法が問題なんですよ!」
ああもう、これだから金持ちは!
咬み殺してやりたい衝動を抑えながら怒鳴ると、奥からお母さんが慌てて出てきた。
「こら!朝っぱらから あら、どなた?」
フェロモン全開の跡部先輩を見ても動じないところは、さすがに遺伝子の勝利だったらしい。
それでも瞬時に余所行きの笑顔を張り付けた先輩には、あっさりとだまされて相好を崩した。
「朝早くに失礼します、氷帝学園3年の跡部と申します。今朝は、私共の部活の合宿にお嬢さんがマネージャーとして参加して下さることになったので、お迎えにあがりました」
「まあまあ……わざわざご丁寧に、どうもありがとうございます」
馬鹿丁寧にお辞儀をしあった後、お母さんがリビングから荷物を持ってくる。
それを上がりかまちにドンと置いて、それはそれは満面の笑顔で最終宣告をした。
「しっかりお手伝いしてくるのよ?亮ちゃんにもよろしくね」
「あー……部活中に話す時間があればね」
はっきり言って、合宿中にレギュラーと関わるつもりはない。
それよりも準レギュラー以下の面倒を見た方が、確実に全体の負担は減るし。
リムジンで拉致されて学校に着くと、これまた大きいバスが6台止まっていた。
「……補助席、使わないんですか」
「当たり前だろうが」
はん、と鼻で笑った先輩は、1号車を指さす。
「お前はあれに乗れ。合宿所に着くまでに、大体の流れを教える」
「わかりました」
車内で書類を見るのはあんまり得意じゃないんだけど……この際文句は言ってられないか。
もう部員はバスに乗り込んでいるらしく、周囲には誰もいない。
指示されたバスに乗り込んで、中の状況に唖然とする。
「あっ、さん!」
尻尾が見えそうな笑顔で手を振っているのは、鳳君。
その横には仏頂面の日吉。
一番後ろには亮がいて、忍足先輩たちとカードゲームをやっている。
「……あの、跡部先輩」
「何だ」
「こういう時って普通、レギュラーが各バスに散るもんじゃないんですか?」
テニス部には幹部って概念がないから、あんまり関係ないのかもしれないけど。
「各軍ごとに集まった方が、色々とやりやすいだろ。下の奴らも上に対する不満も言いやすいだろうし、緊張しすぎることもねぇ」
「はあ……」
同じ大きさのバスに、ここだけ二十数名足らず。
当然席も空き放題だし、選びたい放題だ。
他のバスも補助席を使ってないことを考えると、普通の部活にしては破格の対応なんだろうけど レギュラー達だけ特別扱いに見えてしまう。
「もこっち来ぃやー、大富豪やっとんねん」
「お断りします。これから合宿中のことをいろいろと伺うので」
忍足先輩の誘いをばっさりと切り捨て、跡部先輩と共に一番前の席に座る。
発車した車内の中で分厚いプリントの束をばさりと渡され、無造作に表紙をめくってみた。
部員全員のデータか。
ありがたいけど、できれば1ヶ月前にほしかったな。
「合宿中のお前の仕事だが 」
「はい」
「基本的には雑用だ。ドリンク及びタオルの準備配布、それらの片づけ、スコアの記録、備品の管理」
「はい」
「それから、2軍・3軍に関しては、ある程度お前の裁量でメニューの調整をしても構わない」
は?
なにを言ってるんだ、この人は。
「無理です。そんなことができる程、私はテニスに詳しくありません」
即座にそう返したけれど、先輩はにやりと笑うだけだ。
「任せたぞ、」
お前の実力を見せて見ろと言われているようで、理不尽さに腹が立ってきた。
「わかりました、できる限りやってみます。その代わり レギュラーの皆さんのお世話は、基本的にタオルとドリンクの準備だけにさせていただきます」
「おい、それは」
「あいにく、私はそんなにたくさんの仕事を平行してできるほど、器用じゃないんです。自分の実力を過信するほど馬鹿じゃありませんから」
「 わかった、それなら3軍のメニューだけでいい。宍戸に借りた本で、基本的なことはわかってるんだろ?」
「一応は。それでも、メニューを組める程じゃありませんよ」
そんな言い合いが延々と続くのかと思われたけど、見かねた亮の一言でそれは打ち切られた。
「跡部、にはまだメニューは組めねぇだろ。実際に奴らの感じを見てみなきゃ何とも言えねえし、お前勉強始めて1ヶ月かそこらの人間に、んなことできると本気で思ってんのかよ」
よくやった亮!もっと言ってやって!!
心の声が聞こえたのかどうか知らないけど、亮はついと私の手を引いた。
「おら、行くぞ」
「え、でも 」
「マネの仕事なんて、ほとんど雑用みたいなもんだろ。備品の場所さえ覚えれば、お前なら要領よくできる」
……そりゃまあ、そう言っちゃえば身も蓋もないけど。
「長太郎、こいつ頼む」
「はい!」
ちょっと待て、そこでどうして鳳君がでてくる。
「ちょっと亮」
「お前、あそこで馬鹿騒ぎしてえのか?」
忍足先輩とか向日先輩とかと、大貧民。
……うん、絶対嫌 だ 。
「鳳君、前いい?」
「あ、どうせなら後ろにおいでよ。俺たちが席を回すから」
にこにこ笑った鳳君の言葉の意味が、一瞬よくわからなかった。
「……このバス、もしかして全部の席が回転するの?」
そんなバス、見たことも聞いたこともない。
それでもあっさりうなずかれたってことは、彼らにとってはこれがいつものことなんだろう。そうだろう。
「日吉……このバス、何かおかしいと思わない?」
「氷帝だからな」
さいですか。
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