目の前には仏頂面の日吉。
斜め前には満面の笑顔の鳳君。
やりにくいったらありゃしない……!








ガブリエルと嵐の日々









さん、それは?」

私が握りしめている紙の束に気づいた鳳君が、ちょんと首を傾げた。


「部員全員のデータ。個人情報保護法の観念から、お見せすることはできかねます」



ふざけてわざと丁寧にそう返したら、鳳君もおかしそうに笑ってくれる。


「それは残念」
「さすがにまずいでしょ、これは。向こうについたら必死に覚えなきゃなあ……」
「今は見ないのか?」
「酔うからパス。今無理に見て、向こうで使いものにならなくなる方がまずいでしょ」


ばさりと紙束を横に置くと、鳳君がこっそり手を伸ばそうとした。
その手をぴしりとはたきながら、満面の笑みを彼に向ける。



「何をしようとしてるのかな?」
「何でもないですごめんなさい!!」



酷く怯えて即答した鳳君を、日吉が呆れた目で見た。


「何やってんだ、お前」
「だって、どんなのか気になるじゃないか」


鳳君がこんなキャラだから、日吉ともつきあってられるんだろうなあと思っていたら、不意に日吉に見られてぎくりとする。


「お前もそんなものを放置するなよ」
「普通は言った傍から見ようとするなんて思わないでしょ?」
「……それもそうか」


内心の動揺を見破られなかったことにほっとしながらも、あっさりと納得した日吉が妙におかしくて。



   何笑ってんだよ」
「へ?ああ、ごめんごめん。特に他意がないとは言い切れないけど、まあとりあえず気にしないで」



ものすごくいい笑顔になったはずだ、自分で自信を持って言える。
日吉はもちろん眉を顰めたけれど、それはまあ無視の方向で。


「おい、
「別に気にするほどのことじゃないって。ちっちゃいこと気にしてると、みみっちい男になるよ?」


それでもまだ追求しようとする日吉にそう言うと、さすがに渋々口をつぐんだ。
そんな私達を見ていた鳳君が、しょうがないなあとでも言いたげに苦笑する。



「日吉、本当にさんには悪気はないんだから……ないんじゃないかな?……ない、と思うから」
「何だよその自信のなさ」
「ていうか、最後の方はほとんど希望形だよね」



私達から同時に突っ込まれ、しょんぼりとする鳳君。
しゅんと垂れた耳が見えそうだ。
そんな鳳君に作ってきたクッキーをあげたら、案の定みるみるうちに回復した。


「あれ?これ、手作り?」
「一応ね。買いに行くのがめんどくさかったから、兄貴に置いてくるついでに作ったんだ」


これでも一応、兄貴の好みは把握してるし。
お店のよりも私が作った方がおいしいって言ってくれるから、ついつい作ってしまう。

こんもり盛り上がって、卵黄でつやっと光ってるクッキー。
市販のものよりもあきらかに盛り上がりすぎだし、照かりすぎだ。
それでもこのサクサク感と香ばしさは、市販にも負けないと自負してる。


……型抜きが一番楽で好きという私は、結構変わってるんだろうか?
みんなは絶対アイスボックスの方が楽だって言うし、そっちの方が一般的なんだけど。


「おいしい!」
「ありがと。   亮!」


大貧民で負けたらしい(頭を抱えてうめいてた)亮に、声をかけると同時に小袋を投げる。
反射的にキャッチした袋を見て、亮は小さく苦笑した。


「また作ったのか」
「兄貴が食べたがったからね。いらないなら返せ」
「馬鹿、いるにきまってんだろ」


サンキュな、と笑った亮にうなずく。
鳳君に視線を戻すと、本当に嬉しそうに食べていた。
やっぱりおいしそうにしてくれていると嬉しいわけで、思わず笑みがこぼれる。


「そんなにおいしい?」
「そりゃもう!   日吉も食べて見なよ、ほんとにおいしいから」




え、ちょっと!




恥ずかしいからやめてくれという心の叫びが届くはずもなく、鳳君は無邪気に日吉に袋を差し出した。
さっきから何かを言いたそうにしていた日吉も、無言で1枚つまみとる。


「おいしいだろ?」
「……ああ」


満面の笑顔の鳳君とは対照的に、ものすごい仏頂面の日吉。
口に合わないならそう言ってくれて構わないのに、相変わらず妙に気遣いをする奴だ。


「日吉、甘いの嫌いならそう言っても構わないんだよ?」
「大丈夫だよさん、日吉は照れてるだけだから!」
「うるせえ!」


悪気のない笑顔で見当外れのことを言った鳳君の頭を容赦なく殴り(本気で痛そうな音がした)、日吉がうっすらと耳を染めた。
それを珍しいなあと眺めていたら、その状態のままの日吉にぎろりと睨まれる。



「……何だよ」
「珍しいと思って。やっぱり、鳳君相手だと違うね」



年頃の少年じみたというか、微笑ましいというか。
思わず小さく笑うと、日吉が心外だと言わんばかりに鼻を鳴らす。


「こんなのと話すだけで疲れる」
「酷いなあ、日吉は」


どんな悪態をつかれても、鳳君は苦笑するだけだ。
まあ、日吉は照れてるだけだから、それも当たり前なんだけど。


「日吉、クッキーいる?」


ちょっとした悪戯のつもりでそう言うと、意外にも無言でうなずかれた。



「……いや、無理しなくていいんだけど」
「無理はしてない」



意地でもそう言い張るから、仕方がないと苦笑して、監督用の袋を渡す。
まあ元々、監督には渡せるかどうかはわからなかったから、別に構わないだろう。うん。


さん、後でおかわりほしいな」
「それを食べきったらねー。私のおやつほとんどこれだから、いっくらでも出てくるよ」


きらきらした目で見つめられて笑うと、鳳君が嬉しそうにうなずいた。


「太るぞ」
「平気だよ、その分テニスするだろ?」
「っは、言ってろ」


やっぱり、鳳君とだと、日吉はものすごく生き生きしている。
珍しいけど喜ばしいことだ。


「はいはい、一生懸命部活をやってね。多分私、レギュラーにはほとんど手が回らないと思うから」
「え!?どうして!?」
「テニス部員、一体何人いると思ってるの」


ものすごく悲しそうな顔をする鳳君に苦笑して、横の書類を指してみせる。



「200人以上だよ?準レギュ以下の世話だけでいっぱいいっぱいに決まってるじゃない」



最低限のサポートはするから。


そんな、と眉を下げる鳳君にひらひらと手を振って、私もタッパーからクッキーをつまんで食べる。
うん、ちょうどいい香ばしさ。


「帰ったらまた作ろうかな」
「あ、そしたらまたほしいな」
「はいはい」


無邪気に笑う鳳君が微笑ましくて、つい口元がほころんだ。