そこまで君を駆り立てるものは、一体何なのだろう。








ガブリエルと嵐の日々









「……本当にやってるし」


次の日の夜にこっそりとテニスコートに行ってみたら、本当に日吉が一人きりで練習をしていた。
ストイックだよなあ、本当。

体を壊さないといいけれどと、小さくため息をつく。

ライトに照らされたたった一つのコートで、ただひたすらに壁打ちをしている日吉。


跡部先輩はこのことを知っているんだろうか。
   いや、知っていなければライトの使用はできないか。


努力を惜しまない日吉だけれど、先輩に許可をお願いするのはさぞ屈辱的だっただろうなあと思うと、ちょっとだけおかしくなった。


「……誰だ?」


吐息でわかったのか、こいつ。
どこの武士だ、一体。

ある意味現代離れした気づき方に呆れつつ、ライトの届くところまで進む。
私とわかった瞬間、日吉は酷く驚いたように目を大きく見開いた。


……」
「お疲れ」


手に持っていたお盆のバランスを崩さないようにしながら、日吉にむかって片手をあげる。


「無茶しすぎじゃない?あんまり根をつめないでよ」
「……俺の勝手だ」


ふいと顔をそらす日吉。


……人が心配してるのに、その態度はなんだこら。
おぼんはとりあえずベンチの上に置いて、にっこり笑って日吉を見すえる。


「はい、日吉君。今は何のためにここに来ているのかな?」
「合宿にきまってるだろ」
「じゃあ、ここであんたがぶっ倒れたら、誰が面倒見るのかな?」


そこまで言ってやると、ようやく日吉も気まずそうな表情になった。


「……だ」
「そうなんだよね。だから、無理してぶっ倒れるなら、ちゃんとした設備が整ってお医者さんがいるところにしてね」


容赦がないと言うことなかれ。
何の知識も持っていない私が右往左往するよりも、お医者さんに処置をしてもらった方がずっと日吉のためになる。


私は所詮、即席マネ。
テニスの知識すら怪しいんだから。

卑下でも何でもなく、それはれっきとした事実。


「……悪かった」


素直にうなだれた日吉にタオルを投げつけて、さっさとベンチに腰かける。


(亮みたいな前例もあるし)一応救急箱も持ってきたけど、どうやら必要はなかったみたいだ。
どこもひねった様子はないし、すり傷もない。


こっそりと一安心しながら、驚いた顔でタオルをひっぺがした日吉におぼんを示す。


「夜食。厨房に作ってもらったから、味は保証するよ」


絶対にお腹が空いてるだろうに、そんな様子なんておくびにも出さない意地っ張り。
食事が足りないなんて、一番辛いはずなのに。

さあ食べろとばかりにふきんを放り渡すと、日吉は戸惑ったような表情になった。


「跡部さんは、このことは   
「言ってないし、言う必要もないでしょ。もともと夜食はお夕飯の残りで作ったものだし、むしろ残飯が少なくなって助かるって、厨房に喜ばれたけど?」


200人もの食事を作ると、どうしても残飯も半端ない量になる。
初日に困ってるのを見てたから、夜食作りを頼むのに迷いはなかった。


鮭のおにぎりに、きゅうりとにんじんの和え物。
夜食としてはまあまあだろう。


「亮達から聞いたよ、最近ずっとこんな調子なんだって?」
「まあな」
「しれっと言ってるけど、かなり大変なことしてるってわかってる?」


当然のように答えた日吉にとりあえず突っ込んで、まったくこいつはとため息をつきたくなった。


「あんまりやりすぎるのもよくないと思うけど」
「レギュラーはそんなに半端な気持ちじゃ勝ち取れねえんだよ」
「そう言ってがむしゃらにやりすぎて、身体壊したらどうすんのよ!」


ああもう、いらいらする!
こういう風に頑張ってる自分が大好きです、みたいな奴、一番頭にくるのよ!


もう一度日吉の顔にタオルか何かを投げつけたくなる(もう手元には何も持っていなかった)(痛恨のミスだ)

やり場のない怒りは、コートを力の限りに蹴ることに向けられた。
座ってなんて生温い、立ち上がって渾身の力をこめて。


「おい、
「自己満足で悦に入ってんじゃないわよ!周りの心配に気づいてるの!?」


少なくとも私は、日吉の体調の心配をしているのに。


「あんたが無茶して身体壊そうが二度とテニスできなかろうが、そりゃああんたの勝手でしょうよ。だけど、私との約束まで破る気じゃないでしょうね」


レギュラーになってみせるという、途方もない約束。
それをかさに着て無茶をするんなら、そんな約束くそくらえだ!

ぎりと睨みすえると、日吉は酷く驚いたように瞬いた。
そうして考えて、初めて自分の無茶に気がついたような表情になる。


「……悪い」
「別に、謝ってほしいわけじゃないよ。何事も適度にっていうだけ」


ひょいと肩をすくめて、立ったままの日吉にベンチに座るように促す。


「お前は座らないのか?」




促したら、私も隣に促された。




え、日吉ってこんな気遣いができるような奴だっけ?
もっとこう、「座らねえのか?相変わらず頭が回ってない奴だな」ぐらいの事を普通に言うのが日吉なはずなのに!


「ありがと」


平然と腰かけつつも、内心では大慌てだ。

日吉ったらどうしちゃったんだろう。
どういう風の吹き回し?

そろりと隣の顔色をうかがっても、いつも通りの表情でおにぎりを頬張っているだけ。
夜更かしはこの合宿中はしたくないし(だって明日の朝練に起きられる自信がない)、夜食を置いたらすぐに部屋に帰ろうと思ってたんだけど……。


仕方がないので、こっちから話を振ってみる。


「ねえ日吉、昨日亮達が言ってた食事の量   
「何も言うな。気にするな。お前は何も聞かなかった」





……ものすごい勢いで話題を打ち切られた。






何だこれ。
会話をしようとした私の気遣いを返せ。


結局そのまま何の会話もなく、日吉は夜食を食べ切った。
おぼんを持って帰ろうとしたら、テニスコートに向いたままの日吉に呼び止められる。



「何?」




「……また、夜食を持ってきてもらえるとありがたい」




「ちゃんと食事取ればいいのに」
「人が多いと、落ち着いて食事ができないんだよ」


どこか気まずそうにぼそりと言った日吉に、ありえそうだと妙に納得。
わかったと返事をする代わりにおぼんを大きく振って、さあ寝ようと負けないくらい大きなあくびをした。