密やかに願います、君に幸あれ。
菩提樹の祈り
お兄ちゃんによると、立海に入るなら幸村さんを知らないのはモグリらしい。
去年は部長だったんだって。病気で試合はほとんどできなかったけど……。
「こんばんは。今日からよろしく」
「よろしくお願いします」
お兄ちゃんと一緒に帰ってきた幸村さんはちゃんとテニスバッグをしょってて、なんだか不思議な感じがした。
「それじゃあ 」
「あ、その前に、よければお風呂どうぞ。着替えはお兄ちゃんのがありますから」
部活の後に長時間そのままじゃ、いくらなんでも申し訳ない。
お兄ちゃんのじゃサイズが合わないかもしれないけど、一番だぶついてるのなら何とかなるだろう。
「ありがとう」
幸村さんはびっくりしたように目を見開いたけど、すぐにふわりと微笑んでくれた。
すぐにお風呂場に案内して、私の部屋に飲み物とお菓子を用意する。
松葉杖をつかないと歩けないから、無理矢理片手で持ったお盆がぐらぐらしてすごく怖い。
見かねたお兄ちゃんがお盆を持ってくれて、心配そうに私を見た。
「松葉杖、片方だけで平気なのか?」
「かなり辛いけど、なんとかね。ありがと、お兄ちゃん」
「おう」
にっかりと笑ったお兄ちゃんは、次の瞬間にはお盆に載ったケーキをもの欲しそうな目でじっと見つめる。
「、俺には?」
「ちゃんとお母さんが別に用意してくれてるよ。リビングにあった」
獲物をねらう目をしていたお兄ちゃんは、その言葉を聞くと1階にすっとんでいった。
我が兄ながら、お菓子で誘拐されそうで怖い……。
ご満悦でハーフのホールケーキを抱えてきたお兄ちゃんとおしゃべりしてたら、階段の下で幸村さんの声がした。
「丸井さん?お風呂いただきました」
「あ、はーい」
そうだった、幸村さんが私の部屋の位置を知ってるはずがないもんね。
慌てて迎えに行って。
ものすごく後悔した。
どうしてこんなに色っぽいの、この人……!
上気した頬も、色白の肌も、女の子に喧嘩を売ってるとしか思えないほど美人。
思わず見とれちゃった私、悪くないよね?
「やあ、上にいたんだね」
「すいません、気づかなくて。 あ、私の部屋、こっちです」
赤くなってしまった頬をごまかすために横を向いて、さっさと階段をのぼる。
お母さんも、下にいるんだから案内してくれればいいのに……!
部屋に戻ると、お兄ちゃんの抱えているケーキが残り1切れ分になってた。
「丸井……それを1人で食べたのか?」
「うんにゃ、半分しかなかった。にしても、、これめっちゃ美味いな!」
呆れたような幸村さんの問いかけにけろりと答えて、お兄ちゃんは満面の笑みで私を見た。
「……そう、よかったね……。それ、実はお父さんの分も入ってたんだけど……」
「げっ!嘘だろぃ!?」
「ほんと」
別に、お父さんが隅っこに縮こまって拗ねちゃうだけだからいいんだけど。
お兄ちゃんって、絶対お父さん似の性格してるよね……。
「だから、その1切れは残しておいた方がいいかも」
「…………わかった」
ものっすごく名残惜しそうにフォークを置いて、お兄ちゃんが小さくうなずいた。
その姿が何だか可哀想になっちゃって、鞄の中に放り込んだままになってたプティングケーキを取り出す。
「あげる。今日の調理実習で作ったの」
「マジで!?サンキュ!」
途端に機嫌が120%直ったお兄ちゃんに、幸村さんと2人で苦笑。
「……始めようか」
「はい。お願いします」
ほくほくと自分の部屋に戻るお兄ちゃんがドアを閉めたら、お勉強の時間。
「それじゃあ、成績がわかるものを見せてもらえるかな?」
「これでいいですか?」
この間受けた模試の結果を見せると、幸村さんはちょっと難しい顔になった。
「……無理っぽいですか?」
「今のままでは、ちょっと厳しいかな。ただ、C判定っていってもほとんどBに近いし、やりようによってはどうにでもなるよ」
ちょん、と判定結果をつついて、幸村さんが安心させるように笑ってくれた。
「幸村さんに教えてもらえば、絶対大丈夫ですもんね」
私がおどけて言えば、幸村さんも破顔する。
「そうそう。スパルタでいくから、覚悟してね」
「よろしくお願いします、先生!」
張り切ってそう言ったら、何故か苦笑された。
……何か変なこと、言ったっけ?
「先生って呼ばれると、何だか変な感じだな……」
「え、でも、教えていただくんですから……」
それなりの敬意は払わなくてはと主張したら、幸村さんは少し考えた後にゆっくりと口を開いた。
「先生よりは、先輩の方がいいかな。呼ばれ慣れてるし、丸井さんも来年からはうちの生徒になるんだし……ね?」
喜んで!!
そんな表情でウィンクなんてされたら、大声で即答するしかないでしょう!
「はい!」
それからいろいろ教えてもらったけど、幸村先輩は本当に教え方がうまい。
これならお兄ちゃんが激推ししたのもうなずけるし、何より本当に受かりそうな気がしてきた。
「丸井さんは飲み込みが早いね。教え甲斐があるよ」
「幸村先輩の教え方がうまいんですよ」
お世辞なんかじゃなくて、心からの気持ち。
幸村先輩じゃなきゃ、私きっとこんなに早く色々覚えられなかった。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。 今日はこの辺りにしておこうか」
「はい!ありがとうございました」
気がつけば、もう3時間近く経っていた。こんなに集中して勉強したのなんて、生まれて初めてかもしれない。
「あら、終わったの?せっかくだからお夕飯も食べて行きなさいな」
下に降りたら、お母さんが幸村先輩に笑顔で勧めてきた。
先輩は困ったように笑っていたけど、結局押し切られるみたいにして食べて行ってくれた。
先輩って、ほんとにできた人だなあ……。
でも、お兄ちゃんにそう言ったら、乾いた笑いを返されたんだよね。
何でかな?
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