時が経ち、初めて知るこの切なさ。






菩提樹の祈り







結局、お兄ちゃんの勧めもあって、柳さんに教えてもらうことにした。
いつも目を閉じてるように見えるのは、私の気のせい…だよね?

「この関係代名詞は、the manではなくwhiteにかかる」
「あ、なるほど。だから答えは3番になるんですね?」
「そうだ」


柳さんも幸村先輩に負けないぐらい、教え方がうまい。


「丸井は覚えがいいな」
「ありがとうございます!でも、柳さんがうまく教えてくださるからですよ」


微笑んでくれた柳さんに、思わず顔がほころぶ。

いっぱい頑張っているけど、やっぱり褒められるのは嬉しい。
柳さんがわかりやすく教えてくれたから、覚えるのもすごく楽だ。



幸村先輩とどちらが上手かは   考えないようにしている。



   丸井?」



   あ、はい!」
「どうした、手が止まっているぞ」


いけない、考えこんじゃってた。


「すいません!ええと、ここが   あれ?」


慌てて問題に向かっても、気が焦るばかりでちっともわからない。
必死にシャーペンを動かしていたら、横から柳さんがノートを指さしてくれた。

「連立方程式を使う場合は、この式は使わない。273番と同じように   
「あ、そっか」

ようやく間違いに気づいて、慌てて全部消しゴムで消す。
無事に解き終わって、さて次に取りかかろうとしたら、柳さんにやんわりと止められた。


「今日はここまでだ、丸井。集中力を欠いた状態では、いくらやっても身に付かない」
「……はい」


悔しい。
柳さんの言うことが全部本当だから、余計に悔しい。




「また明日」




小さく微笑んでそういう柳さんに頭を下げて、玄関のドアが閉まる音を聞く。


   最近、こんなんじゃ受からないんじゃないかっていう焦りか出始めた。
全然集中できない。


頭の中が幸村先輩でいっぱいで、でも全然幸せな気分じゃなくって、泣き出してしまいそう。


ー、飯だぞぃ」
「あ、うん。今行く」


のんきなお兄ちゃんの声にうなずいて、嫌な気分を切り替えようと頭を振る。
駄目だ、こんなことじゃ、受かるものも受からなくなっちゃう!

、あのさ」
「うん?」



「沙紀がさ、今度また立海に来いって言ってたぞ?」



   え?



「……沙紀さんが?」
「おう。何か、お前が気に入ったってさ」


珍しいんだぜ、あいつが女気に入るの。


にいと笑ったお兄ちゃんに、けれどうまく笑い返せた気はしなかった。


幸村先輩の彼女となんて、会いたくない。
自分がどれだけ沙紀さんに劣ってるのか、そればっかり見せつけられそうで   


「どした、?」
「……ううん、何でもない。楽しみにしてますって伝えてくれる?」


心配そうに首を傾げたお兄ちゃんに何とか笑い返してそう言うと、不思議そうな表情に曖昧に笑ってご飯をかき込んだ。











「いらっしゃーい、待ってたよ」
「あの、遅くなってすいません」


校門のところに仁王立ちをして笑う沙紀さんに、考えるより先に頭が下がる。
怒ってるとかじゃないのはわかるんだけど、何て言うんだろう、雰囲気がどこか後ずさりしたくなる。


「さ、テニ部の部室行こうか」
「え!?あの、皆さんの迷惑に   
「ならないならない。部活中はどうせ使わないんだし、またゲームやろうよ」


そう言いながら沙紀さんがすちゃりと取り出したのは、戦国BASARA2!


「わ、初めて見た!」
「そうでしょうそうでしょう、かなり経ってるけどまだブン太には貸してないもんね」


思わず食いついた私ににやりと笑い、沙紀さんは悪戯小僧のような表情でぐいと私の腕を引いた。

「早くやろう!てか、早く行こう!」
「はい!」

大きな声で返事をしたら、「よーしいい声!」って誉められる。
そのままテニスコートまで行くと、気づいたお兄ちゃんが大きく手を振ってくれた。


ー!」
「お兄ちゃん恥ずかしい……!」
「ブン太もたいがいシスコンだよねー」


からからと笑った沙紀さんの向こうに幸村先輩の姿が見えて、思わず身体が強ばった。



「あ   
「ん?   ああ、ゆっきーか」



やほー、と手を振った沙紀さんに、幸村先輩も小さくうなずく。

けれどその目は、まっすぐに私を射抜いていて。
眉根を寄せているその姿は、どうしてここにいるんだと責められているように感じた。

身体を固くしていると、沙紀さんがすっと視線の間に入ってきてくれた。


「ゆっきーったら怖いね。後で怒っといてあげるから、気にしなくていいよ」


ぽんと頭をなでられて、そのまま視線が届かない部室に入れてくれる。
前と同じように、どこからともなく(本当にどこに隠しているんだろう)取り出したPS2を手際よくセットして、ちょいちょいと私を手招いた。


「誰でやる?」
「え、あ、じゃあ、前田慶二で   
「オッケ」


慣れた手つきでセレクトを済ませると、ロード画面になった状態でコントローラーを手渡された。


「え、あの、固有技とかは   
勘!適当にやってれば平気だって!!」


えええ!?
そんな、せめて技のムービーぐらい見せてくれても……!


仕方がないのでその場で何回か試し打ちをして、それから戦場に飛び出す。



「やばいやばいやばいやばい!」
「いけるいけるそこそこそこー!!」




そこって言われても、こんなにわらわら集まってこられたら……!

必死に攻撃をよけていたら、沙紀さんがふと思い出したかのようにぽつりと呟いた。




「そういえばさ、ブン太妹。あんた、好きな人いるよね?」



「え   あ、あああぁぁっ!!」




一瞬虚を突かれた瞬間に、滅多打ちにされた……!


体力ゲージがみるみる減っていく。
何とか安全なところまで逃げきったところでポーズにして、慌てて沙紀さんに向き直った。


「な、何言うんですか!」
「え、だって、ほんとのことでしょ」


あっけらかんと言われて、さらに動揺するのが自分でもわかった。


「告白しちゃえばいいのに。ていうか、最近ゆっきーが怖くてしょうがないんだよね」



どうにかしてくれない?



そう言う沙紀さんは、自分がその彼女だなんて気にしてないみたいだ。


「あの、それなら沙紀さんが行った方が   
「駄目駄目、怖すぎて話にならないよ」


ぱたぱたと手を振った沙紀さんが、私の手からコントローラーをひょいと取り上げた。



「沙紀さん」
「あのね、ブン太妹」



さっきとは違って真剣な表情の沙紀さんが、がっしと肩をつかむ。




「言いたいことは言っとかないと、後で絶対後悔するよ」




   沙紀さんにも、そういう経験があったんだろうか。


「妹、あんたはどうしたいの?」


幸村先輩が好き。
沙紀さんがいるって知ってても、それでも好き。

でも、きっとそれは幸村先輩の負担になるから、言わなくていいの。



「意気地なし!それでも男か!?
「女です!」
細かいことは気にするな!自分の気持ちをガツンとぶつけてやれよ!!」
「無茶言わないでくださいよ!」



あんたがいるってのに!!





「ああもう、しゃらくさい!どうだ、ゆっきー!!」





   



「ありがとう、沙紀。いい時間稼ぎだったよ」



そんな   、何で?