こんな結末、望んではいなかったのに。
ただ遠くで望むはずだった、あなたの幸せを。






菩提樹の祈り







静かに佇む幸村先輩は、やっぱりとても怖い。


「沙紀、後は頼むよ」
「オッケー。ごゆっくりどうぞ」


気安い様子で言葉を交わして、沙紀さんは足取りも軽く出ていってしまった。
そんな、私にどうしろって言うの?


ぱたんとドアが閉まって、立て続けに聞こえた小さい音。
後ろ手に鍵をかけた幸村先輩と2人、気まずい沈黙がとても痛い。


何か言わなきゃ、そう思って絞り出した声は、みっともないほど震えていた。




「……ぶかつは……」
「真田に任せてきた」




腕を組んでそう答えると、幸村先輩はゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。




「話を、しようか」

「……はい」




パイプ椅子に向かい合って座って、それでも顔を見れずに自分の膝だけを見つめる。
喉がからからに乾いて、何度つばを飲みこもうとしてもうまくいかなかった。


「丸井さん、ずっと俺を避けてたよね」


それなのにずばっと核心に切りこまれて、本当にどうしていいのかわからなくなる。
固まって何も言えなくなる私に、先輩は静かに続けた。


「俺が何か気に障るようなことをしたんなら、それは仕方ないことだと思う。ただ、どうして避けられてるのかを教えてもらわなきゃ前に進めないし、俺自身成長できないよ」


だから、もし俺が嫌いなら、どうしてか教えてほしい。


「嫌いなんかじゃ   !」


淡々と言われた言葉に、思わず大きく反応してしまった。
顔を上げて叫ぶと、輝かんばかりの笑顔を浮かべた幸村先輩と目が合う。



……や ら れ た !!

わざとだ!今の、絶対わざとだ!!



「……どうして、避けてたの?」


内心でギリギリと歯ぎしりをしていたら、先輩に顔を覗きこまれた。
そこらの女の人よりも綺麗な顔が間近に迫って、思わず頬が熱くなってしまう。


ああああ、そんなに近づかないでほしい。
この気持ちは押し込めようって決めたのに、それすら崩れてしまいそう。


   俺よりも、柳の方がよかった?」


何が、とは言わなかった。
言わなくてもそれくらいわかる、家庭教師のことだろう。


   幸村先輩が嫌だった訳じゃないんです」
「それじゃ   
「私の問題なんです。ごめんなさい」


どうして、と訊かれる前に、早口に言って頭を下げる。
もうこれ以上追及されたくないし、こんなに近いと心臓がもたない……!

幸村先輩ならわかってくれると思ったのに、少し冷たい手が肩に乗った。


「それじゃ、よくわからない。……俺が悪いんじゃないなら、どうしてそんなに泣きそうなの?」
「そんなこと   
「泣きそうだよ」


言い切られて反論もできなくなる。

ずるいよ先輩、そんなに優しくして。
そんなだから、私は離れるしかできなかったんじゃない。




「……っぱり、柳の…………ながお……」




「え?」
「いや、何でもない」


首を傾げるとにっこり笑われたけど、その前までの真剣な顔を見ていたら、とてもごまかされはしない。
どうしたんだろう、何かあったのかな?


「幸村先輩……?」


おそるおそる目を合わせると、ややして先輩が苦笑した。


「本当に何でもないんだよ。ただ   


ただ?


「俺って…………女顔だろう?それで、近くにいるのを嫌がる女の子、結構いるから」


ものすごく、ものすごく言いにくそうに告白した先輩の言葉を聞いて、思わず返事をするのを忘れてしまった。
無意識のうちにまじまじと無遠慮に見つめると、先輩は頬を赤くして横を向く。
その様子も何とも言えず可愛い   って、そうじゃなくて!!


え、もしかして先輩、女顔なの気にしてたの……?


「あの……私、先輩が女顔だとか、そういうことは気にしてないんですけど……」


おそるおそる言ってみると、先輩は心底ほっとしたように顔をゆるめた。
その様子にもみとれてしまうあたり、私も結構末期なのかもしれない。


「よかった。   ところで、丸井さんの悩みも教えてもらえないかな?」


俺の方も言った訳だしと続けられてようやく、これすらも先輩の思惑通りだったことに気づいた。


や ら れ た !!(酷い……!)


「え、あ、あの」
「ん?」


さあ言ってごらんとばかりに笑顔で首を傾げられて、くらりとめまいがする。

大体もうすぐ部活が終わる頃じゃないのどうして誰もここに近寄らないのっていうか沙紀さんに何を任せたの一体ああお兄ちゃんでも真田さんでも柳さんでもいいからこの流れを止めてください!


「誰も来ないよ、沙紀が見張ってるはずだから」


そういうオチなんですか、先輩!


もう逃げられない。

言わない限り先輩は解放してくれないだろうし、適当なことを言ってもきっと見抜かれてしまう。
いつも相談に乗ってくれた、あの時みたいに。




「……だって先輩、沙紀さんと付き合ってるんでしょう?」




言える訳ない。
こんな、横恋慕みたいな気持ち。


小さく小さく呟いた言葉は、だけど先輩に聞こえてしまったようだった。
何度か瞬いた先輩は、頭痛をこらえるようにこめかみに指を押し当てた。

ああ、ちょっと節くれ立っていても、すらりと長い指。


「ちょっと待って。……誰と誰が付き合ってるって?」

   幸村先輩と、沙紀さん」
「俺が?沙紀と?」


念を押すように訊かれて、気圧されながら何とかうなずく。
うなずいた途端、先輩が無言で立ち上がった。
そのままドアまで行って、軽いノックと共に「沙紀」と呼びかける。

鍵を開ける音がしてすぐに顔を出した沙紀さんに、先輩は何ともいえない表情で問いかけた。






「俺達、いつの間に付き合ってることになったんだ?」
「は?私とゆっきーが?あるわけないじゃん、誰だそんなこと言ったの」







…………え?