「うちはこんなに広い場所はいりません。もう少し狭いスペースはないでしょうか?」
「それなら、こっちが一番狭いスペースになるな」
「そうですか……場所ももう少し移動していただきたいのですが。それに、喫茶店のスペースですが 」
舌戦の末に、各模擬店とも上等なスペース確保に成功しましたとも。
微笑みこそすれ
各模擬店の下見を終わらせて、一気に委員会への報告を済ませる。
綿菓子までは手が回らなかったけれど……明日の朝一でやれば、さして問題はないだろう。
報告書にまとめながら、各模擬店で必要な予算を計算していく。
2日間とはいえ、かなりの大規模。
スーパーではなく問屋で卸した方が効率がいいだろう。
この近くに問屋さんなんてあったかしら……。
そこいらに置いてあった黄色い某店舗情報誌をめくりながら、なるべく低予算で上等なものが手に入る場所を探す。
「……駄目。効率悪すぎ」
一件一件電話で交渉していては、とても時間が足りない。
委員会で推薦問屋一覧があったかもしれないと思い立って、即座に情報誌を放り投げた。
早足で本部に向かっていたら、途中で不二君に行きあたった。
「あれ?運営委員の……そんなに急いでどうしたの?」
「ちょっと、本部に用があって。榊先生か跡部委員長を知りませんか?」
首を傾げた不二君にそう訊くと、榊監督なら、と上を指差す。
「さっき4階の廊下にいたよ」
「どうもありがとう」
お礼もそこそこに即行先生を捕まえに向かう。
少し息を切らせながら4階の中央広場に先生を発見。
「榊先生」
「ん?その腕章は 運営委員か」
「はい、青学テニス部付きのです。仕入れ先について、少々お伺いしたいんですが」
よろしいでしょうかと確認をとると、先生はゆったりとベンチに座りなおした。
どうやら許可されたらしい。
ものすごくわかりにくいけど。
「やはり学生が行う行事ですから、抑えられる予算は抑えたいんです。低価格高品質の問屋を委員会推薦とした、一覧のリストは作成できないでしょうか?」
単刀直入に切り込むと、先生は思いもしなかったとばかりに目を見開いた。
これだからお金持ちって嫌いなのよ!
「検討しよう。明日には渡せると思う」
「ありがとうございます」
ぺこりと一礼。
これで問屋の件は何とかなりそうだから……倉庫の備品の整理と確認もしておかなくちゃ。
2階の隅にある倉庫は、初日に搬入してから誰も手をつけていないはず。
さぞ散らかり放題だろうとげんなりするけれど、こればかりはやらない限り不便なだけだから仕方ないだろう。
装飾に必要な資材はあらかじめある程度入荷していたようで、台車に乗せてブースに運んだ。
「乾君、とりあえず装飾用の資材を置いておくね」
「ああ、助かるよ」
木の板やらペンキやら模造紙やらをどんと置いて、他の2ヶ所にもテントとパイプ椅子を置きに行く。
「あるものだけお持ちしました。こちらを使ってください」
「ありがとう」
笑顔でお礼を言ってくれた河村君に微笑み返して、この調子でいけば私のイメージも狂うことなく静かに平和に終わるだろうと安堵した。
今のところ過剰な接触はないし、これからも仕事だけやればそんなハプニングはないだろう。
頑張るぞと気合いを入れ直して倉庫の鍵を開けようとして 。
開いてる?
他の委員が入っているのかとたいして気にも止めずに入ったのが間違いだった。
「あれ、運営委員さん」
どうして不二君がここにいるの。
「こんにちは。何か必要な物があったら、言ってくれれば用意するのに」
ああ、余計な接触が起きる予感。
嫌な予感を抱えながら微笑むと、不二君も微笑み返した。
「何から何まで君に任せておくわけにはいかないよ」
「皆さんをサポートするのが運営委員よ」
控え目な笑顔を浮かべながら満点の回答をすると、不二君がおかしそうに笑う。
「さすがだね」
「委員ですからね」
「仕事は私情を挟まずに?」
「はい」
冗談めかしたその言葉にやはり冗談めかして答え、その中にひっそりと真実を。
腹の探り合いをしているようであまり気分はよくないけれど、これくらいの腹芸はできなくちゃね。
でも、不二君の笑顔が油断ならないと思うのは、私以外にはいないんだろうか。
「それじゃあ私、仕事があるので。不二君が必要な物を言ってもらえれば、後でお届けするわ」
これ以上関わるのはやめておいた方がいい。
そんな本能の忠告に従って備品の確認をしていたら、不意に小さなシャッター音が聞こえた。
「……不二君?」
うろんな表情で振り向けば、不二君がデジカメを構えて笑っている。
「ごめん、気を悪くした?」
しましたとも。
とも言えないので、困ったように微笑んでおく。
「……驚いたわ」
「嫌だったんだね、ごめん。いい表情をしてたから、つい」
ほら、と見せられた表示画面を見て、思わず小さく息をのんだ。
見せかけのおとなしさなんて剥がれ落ちている。
真剣な表情で段ボールの群れと向き合う私がいた。
「……写真、うまいのね」
「ありがとう」
「でも、恥ずかしいから、これは消してもらえるかな?」
こんな表情、残しておいてほしくない。
目指せ平和な学祭期間。
必死な気持ちが通じたのか、不二君は残念そうな顔でデータを削除してくれた。
「じゃあ、今度はちゃんと撮らせてもらえるかな?ええと さん?」
「はい」
ちゃんと私の名前を覚えていたのか。
多少の驚きを含みながらもうなずくと、不二君はそれはそれは綺麗に笑ってくださった。
「君はいい被写体になってくれると思うよ」
「それは……喜んでいいものなの?」
何だか複雑な言われようだ。
褒められているのか、けなされているのか。
小さく眉根をよせて苦笑すれば、不二君がにこやかにうなずく。
「もちろん。僕としては最高の褒め言葉だよ」
そのまま不二君の探し物も引き受けて、後で渡しに行く約束をして別れた後で気がついた。
真実を写す腕を持っている彼。
さっきの発言は、もしかして深い意味を持っていたんじゃないだろうか。
名前を呼ばれたことで明らかに興味を持たれたと気づいた瞬間、思わず舌打ちが出てしまった。
「やっかいなことになったかも……」
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