関わりを持ってしまった以上、もうなかったことにはできない。
そうなったら、次に取れる次善の策は   


「仕方ないわね」


これしかないかしら。








答える前に問い返す









「あ、さん。おはよう」


偶然入口で会った不二君に、ちょうどよかったとばかりに話しかける。


「不二君、仕事が始まる前にちょっといいかな?昨日のことでお願いがあるんだけど……」


ためらいがちにそう言うと、不二君も戸惑いながらうなずいた。
申し訳なさそうな表情でもう一度頭を下げて、使用頻度の極端に低い北の会議室に入る。


「あの……」


ためらうように視線を落として、しばらく言いよどむ。

ここで色気を出さないのが必勝ポイント。
無意識にでも毛の先程も色気を出してしまったら、勘違いされて終わるだけだ。


「どうしたの?」


優しく促す不二君に内心ほくそ笑んで、真剣な表情で頭を下げる。


「昨日、写真を撮った時のこと、忘れてほしいの」
   え?」


予想外の言葉だったのか、不二君が目を瞬かせた。
それに構わずに、まくしたてるように続ける。


「私、作業に熱中すると、怖い顔になるみたいで。恥ずかしいから、誰にも言わないでほしいの」


少し苦しいけれど、これ以上の良策が思い浮かばない。

おとなしい生徒なら、自分の思いもよらぬ表情にうろたえるだろう。
そこを押していくしかない。

不二君の反応がないので、ちらりと上目で見上げてみる。


「……駄目、かな?」
   わかったよ」


弾かれたように不二君を見上げ、柔らかく相好を崩した。
あからさまにほっとしているように見えるだろう。


「ありがとう……」


これでひとまず大丈夫。
そう息をついた時、不二君から不意打ちがきた。




「でも、僕にはあの表情が本物に見えたんだけどな」




違うのかな?と首を傾げられて、やっぱり一筋縄じゃいかないかと内心で盛大に顔を顰める。


「……そう見えた?」


ばつの悪そうな、恥ずかしそうな表情で切り返す。
あまり自信がないのか、不二君も迷ったような表情だ。


「何となく、だけど……」
「不二君にそう思われるの、何だか恥ずかしいなあ」


照れたように笑ってみせて、あえてそれ以上は何も言わずに不二君を外に促した。


「時間、とらせてごめんなさい。準備に戻ろう?」












綿菓子屋の下見を終えて、やることも一段落ついたお昼すぎ。
広場で寝ていた越前君を叩き起こして、やることは山ほどあるのだからとブースに送り出した。
今頃は装飾の設計図でも相談しているだろうか。


「あれ?」


手が空いたからステージの方を手伝おうかと思ったら、何やら不二君が話している。
よくわからないけれど、人数と場所から考えて、アトラクションの相談だろうか。
まあどうでもいいかとかぶりを振って、必死に機材の搬入をしている委員に声をかける。


「手伝うこと、ある?」
「ありがとう、助かる!そのライトを奥の台まで運んでもらえるか?」
「わかった」


本格的な舞台照明は、一人じゃ運びこめないほど大きい。
近くの男子に声をかけて、2人でやっとこさステージ上に持ち上げた。


「台車台車!」
「やっばいそれ早くこっち持ってきて!」


委員同士なら猫をかぶるはずもないから、かなり安心して動けるのがいい。
必死に持ち上げながら台車を持ってる子を呼んで、慎重にその上に安置。


「ありがとう」
「大丈夫?力仕事は男子に任せてもよかったのに」
「手伝う分際で仕事なんか選んでられないよ。自分にやれるならやらなくちゃ」


自分からやると申し出たんだから、そして任されたからにはやれると信用されたのだから、期待を裏切っちゃいけないでしょ?
心配してくれた彼女にそう笑うと、山吹の彼女は苦笑してくれた。


「さて、他に手伝うことはない?」
「あ、じゃあ、こっちのセットの位置なんだけど   


あれこれ手伝っている間、不二君の視線を感じた気もするけど……話し合いの最中によそ見をするほど非常識じゃないでしょう、あの人も。


お昼の会議でわかった範囲での装置の配置を終えたところで、喫茶店の装飾の進み具合を見に行かなければ行けない頃合だと気づいた。
慌てて委員に手を振って、やれ急げと必死に走る。

彼らのセンスを信用しないわけじゃないけど、男子の装飾って時々ものすごく大味になるから嫌なのよ……!


「装飾はどんな感じになりそうですか?」


息を弾ませてブースに着くと、テニス部員が何人かこちらを振り向いた。


「ああ、君か。今のところはこんな感じだが   


乾君が見せてくれたのは、想像よりは遥かにまともなラフ画。
だけどやっぱり、少々味気ないのは仕方がないことか。


「素敵ですね。色の配置もいいと思います」


一応、客の目を意識する余裕はあったようだ。


「カーテンはこのままですか?」
「そのつもりだ。カーテンまで準備すると、予算が途端に跳ね上がるだろう」


今のカーテンは何の模様もない、真っ白な会議室仕様のもの。
このままだとかなり味気ないけれど、わざわざ学祭のためだけに買うほどおつむが弱いわけでもないわよ?


「買いはしませんが、倉庫に大判のレースの予備があったはずです。サイズがあうかどうか、確認してみますね」


以前何かで使ったんだろう、繊細なレース編みの布地。
あれにリールに引っ掛けるための輪をつければ、多分立派なカーテン代わりになるはず。


ああ、その前に、備品に手を加えていいかどうかの確認を委員長にとらなきゃ。
多分頓着はしないと思うけれど、トラブルの芽は最大限摘んでおかなきゃね?


一目見ただけでも心が浮き立ったあのレースを思い出して、思わず口元がほころんだ。