どんな状況でも有利に変えてみせる。
それができてこそ、大きな口も叩けるというもの。


努力もしないで文句を言う輩、そんな最低な人間にはなりたくないの。








視線









ひとまず不二君を味方に引き入れた自信はある。
引き入れ方が少し想定外だったけれど、これもひとつの形だと思えばいいだろう。


そんな感じで乾君もうまく説得し、当初の予定よりも大幅に少ない量で食材の手配を了承してもらった。
元々交渉時にこうなることを想定して、少なく注文した甲斐があったというものだ。


不二君も薄々感づいてはいただろう。
けれどそれでも何も言わないということは、つまりそういうこと。




   それでは、メニューは以上でよろしいでしょうか?」
「ああ。よろしく頼むよ」




乾君が軽くうなずいて、越前君もほっとしたような表情だ。


これでようやく一息つける……。
委員会にメニュー一覧と必要経費の見積もりを出して、喫茶店に関しては一段落ついた。


綿菓子屋は特に問題ないし、あとは金魚すくいかしら。


「桃城君、金魚の生け簀はその大きさで大丈夫?」
「あ、さん!多分これだけあれば平気っスよ」


屋台の組み立てをしている桃城君に声をかけると、ぱっと笑顔で答えてくれた。


「シートに小さな穴が開いているかもしれないから、念のために一度水を張ってみなきゃいけないわね」
「そうっスねー。今日はこれにかかりっきりになりそうですから、明日にでもやってみます」
「よろしくお願いします」


小さく笑い返してそうお願いすると、今日のところはもうやることがなくなってしまった。
仕方がないので他の委員の仕事を手伝おうと歩いていくと、屋内コートから委員長が出てくるのが見えた。


「委員長、お疲れ様です」
「青学テニス部の   
「はい。本部でお手伝いすることはありますか?こちらはもう、本日分の仕事は終わってしまったので」


何かあったらお手伝いしますと申し出ると、苦笑した委員長にかぶりを振られた。


「少し休め。お前は完璧主義のようだが、そこまでこき使わなきゃ成功しねえ学園祭にはする気がないからな」
「……はい」


そこまで言われては、こちらとしても引き下がるしかない。
実際にどの部門もそれなりに回っているし、手伝わなければいけない程でもないのだから。


「仕事が終わったら早めに帰ってもいいんだぞ?」
「いえ、いつどんな問題が起こるかわかりませんし。できるだけ会場内にいるようにはします」
「そうか」


根をつめるなと言い置いて去っていった委員長を見送って、ふとテニス場の中を見ると不二君がいた。


誰もいないテニスコートで、一心に素振りをして。
単に素振りをするだけなのにどうしてあんなに辛そうなのだろうと首を傾げ、ややしてラケットに重りがくくりつけられていることに気づいた。


「……手首、痛めないといいけど」


あまりに負担をかけすぎると、トレーニングどころか負傷に繋がりかねない気がする。
そっと眉を顰めて中に入り、切りのいいところで声をかけようと様子を見ることにした。




   1000っ!!」




気合いとともに振り切られたのを合図に、死角に入らないよう気をつけながら不二君に近づく。


「無理をしすぎると身体を壊すわよ」
   さん」


見てたのかと苦笑した不二君は、ベンチに置いてあったタオルを無造作にかぶって腰を下ろした。
僅かに息を切らせながらドリンクを飲んで、まいったなと天井を見上げる。


「さぼってるの、見つかっちゃった」
「別に怒りはしないわよ。あなた達の本業はテニス部なんだし、毎日でもトレーニングしないと腕が鈍るでしょう?」


毎日毎日こればかりやられてはさすがに困るけれど、元はと言えばこの学園祭が委員長のわがままで始まったようなものだ。
それなりの譲歩をするぐらいの器量は持ち合わせている。


不二君は天才だの何だのと言われていた気がするけれど、天才だって一定の努力が必要。
こんなに地味な努力をしているのは正直意外だったけれど、基礎こそを大切にするその姿勢に好感を持ったのもまた確かだ。


喰えないだけの男といった印象が、少し変わった。


さんは、どうしてこんなところに?」


テニス部でもなければ用がないだろうと暗に訊かれて、今度はこちらが肩をすくめる。


「今日の分の仕事が終わっちゃって。他の部門の仕事を手伝おうとしてたんだけど、委員長に働きすぎだって止められたわ」


委員長は自己中心的に見えて、結構周りをよく見ていると思う。
ほとんどの委員の顔と役職を覚えているし、誰がどれくらい動いているかも逐次の報告などからきちんと把握している。

ごく稀にいる使えない委員は回す仕事を減らし、組織としての負担を最小限に抑えているのがその証拠だ。


「……跡部は全体をよく見ているね」


不二君も同感だったらしい、ぽつりとそう呟かれた。


「本当に。有能すぎて、いっそ気味が悪くなる時があるもの」


自分の望まない人材を抱えながらも、組織を正常に運営していくその手腕。
その鮮やかさに背筋が寒くなる。




「有能な人間は孤独ね」




「どうしてそう?」


思わずもらすと、不二君が訝しげな表情になった。


「有能すぎて、誰も思考についていけない。自分が思い描いているビジョンを、自然に共有してくれる相手がいないのよ」


説明しなければ理解してもらえない、その歯がゆさ。
委員長はいつからその思いを感じてきたのだろうか。


「正直私も、委員長が最終的にどんな学園祭を描いているのかがまだわからない。一人が把握するには、このイベントの規模も敷地も広すぎるのよ」


だからこそそれを成し遂げている委員長を尊敬するし、あの人についていこうと思った。


「あの人、すごい人よ。この無茶な企画を全校に通しただけある」


少しの嫉妬と、大きな讃辞を。
たくさんの重りがくくりつけられたラケットに細かな傷をいくつも見つけて、不二君に微笑みかける。


   本当の意味での天才なんて、この世には存在しないのよ。


委員長もきっと、影で血を吐くような努力をしている。




「……跡部は幸せだね。さんみたいな人が周りにいて」




苦く笑った不二君のその表情を見て、彼も孤独なのかもしれないと、そんなことをふと思った。