孤独な天才の流れつく場所は、狂気か幸福か。


















「あ、さん!」


野外スペースを見回っていたら、遠くから桃城君に呼び止められた。


「ちょうどよかった。さっき試しに水を張ってみたんスけど、どうも微妙に漏っちゃって。一緒にブルーシート借りに行ってもらえませんか?」


妙に情けない表情で拝まれて、一体どうしたのかと首を傾げる。
すると、河村君が苦笑して耳打ちしてくれた。


「桃は跡部が苦手なんだよ」
「委員長が?」


まあ確かに、敵を作りやすい性格ではあるけれど。
そんなに苦手意識を持つような相手だろうかと思ったけれど、そういうものは人それぞれだ。

仕方がないと苦笑して、桃城君にうなずいた。


「早めに行きましょう。備品にある、ちょうどいい大きさのものがなくなるかもしれませんから」
「よっしゃあ!ありがとうございます」


満面の笑顔でお礼を言える彼は、きっと憎めない愛されキャラだ。


「私が委員長と管理部長に報告をするから、桃城君はブルーシートを見繕ってもらえるかしら」
「了解っス」


面倒なことを全てこちらで引き受けると、桃城君は足取りも軽く倉庫に入って行った。


さて、と。
管理部長と青学委員長に部員と備品貸借の状況を報告して、跡部委員長には細かい進捗状況を。


「さすがだな」
「いえ、ステージ部門の皆さんには負けますよ。あそこほど厳しい部門もないでしょう」


毎日汗水たらして働いているのを見ているから、私程度の働きで大きな顔はできない。
委員長に苦笑してかぶりを振ると、わかっているなというように口元をつり上げられた。


「氷帝に引き抜きたいな、お前」
「お褒めに預かり光栄です」


軽く頭を下げて本部を出ると、大きなブルーシートを両手に抱えた桃城君が待っていてくれた。


「お疲れ様です!いろいろすんません」
「気にしないで、こういうのも委員の仕事だから」


本当に申し訳なさそうな桃城君に笑って別れて、そういえばブースに越前君の姿がなかったなと思い出す。


……仕方ない、探しに行くか。


彼は本当によく寝ているから、探すこちらも一手間だ。
本館の裏を見て、屋内プールの付近を探して、木立ちや茂みの多い場所を見て。


「見つけた。越前君、休憩はそのくらいにしてブースに戻ってね」
「……うぃーっス」


渋々といった様子の越前君を送り出して、さて戻ろうかと踵を返したところで。




「あ!ちょっとそこの人、手伝ってください!!」




かなり必死な声がかかった。
誰だと振り向くと、特徴のあるルドルフの制服。


「ええと、運営委員の人ですよね?」


ちらちらと腕章を見る少年にうなずいて、はて誰だろうと内心で首を傾げる。


「野球部の奴に荷物押しつけられて……多すぎて1人じゃ運べないんで、手伝ってもらえますか?」
「いいですよ」


申し訳なさそうにきちんと頭を下げるその姿勢に、好感が持てた。

見れば本当に大変そうだし、早急に片付けなければいけない仕事があるわけでもない。
たまには他の学校の手伝いをするのもいいだろうとうなずいた。


「ほんとすいません。……ったくあいつら、後で飯おごらせてやる」
「仲、いいんですね」
「まあ、寮仲間なんで。委員さんは青学の人ですよね、どこの担当ですか?」
「何の因果かテニス部に」


本当にどんな因果だろうとため息をついた視界の端で、隣の少年の目つきが変わったのが見えた。


……彼にとって、テニス部はタブーか。


素早く判断して話題をそらすべく、よいせと荷物を抱え直す。


「皆さん好き勝手やってくださるので、なかなか大変ですよ。そちらはどんな出し物になさったんですか?」
「ああ、俺達は   




   裕太?」




少年が表情を戻して答えかけた時、訝しげな声が会話を遮った。
少年の顔が嫌そうに歪む。


「……兄貴」


本当に驚いたような様子の不二君と、この少年が兄弟?


「……似てないのね」


思わずもらした呟きに、不二君が苦笑したのが見えた。


「よく言われるよ」
「ええと……不二、君?知らなくてごめんなさい」


よく言われるということは、この人もそれなりに有名人の可能性がある。
相手が気分を害しないうちにと弟君に謝ると、虚をつかれたような顔をされた。


「私、テニス部とか有名人とかに疎くて。次からは気をつけますね」


控え目に微笑んでその場を離れようとすると、不二君に目線で待てと制される。
一体どうしたと首を傾げたくなったが、元々私に用があったのかもしれない。
話が終わるまでは待とうと少し離れてベンチに腰掛けた。


不二君が珍しくも、普通の少年のような表情で笑っている。
あんな顔ができる相手がいるなら、彼は大丈夫だろう。


話している内容まではわからないけれど、兄弟仲は悪くないようだ。
どうやら力関係は、不二君の方が上のようだけれど。


あからさまに顔を引きつらせた後にうなだれた弟君の様子を見ながら、こっそりと苦笑した。

有無を言わせない笑顔で話を終わらせた不二君が、晴れやかな表情でこちらへやってくる。


「お待たせ」
「いえ」


かぶりを振って立ち上がり、改めて不二君に首を傾げた。


「それで、何か?」
「ああ、単に世間話がしたかっただけなんだけど」


……ひくりとこめかみが引きつりそうになったのは、仕方がないことだろう。


「……それだけ?」
「うん」
「それだけの為に待ちぶせをしていたの?」


重ねて問うと、不二君は軽く目を見張る。


「……わかってたんだ」
「こうもタイミングよく現れれば、ね。意図的に来なければ、広場になんて用はないでしょう」


さっさと戻れと眉を顰めると、残念そうな表情になった不二君が踵を返した。


「やっぱりおもしろいね、君は」
「おもしろくなくていいわよ、別に」


どうでもいいから、早くブースに戻ってちょうだい。

今頃必死に彼を探しているだろう喫茶店担当の部員達を思い浮かべて、思わず大きなため息が出た。