「明日?特に用事はないけど」
「じゃあ一緒に出かけられるよね?というわけで、10時に駅前に来てね」


有無を言わせず切れた携帯を握り締めて、一瞬前の自分の言葉を後悔した。


どうしてうかうかとあんなことを言ったんだ、私。
というより、どうして不二君が私の携帯の番号を知っているんだ?








かき消された独り









「やあ、おはよう」
「……おはようございます」


どうやら嫌味は通じたらしい、不二君が困ったような表情になった。


「ごめん。でも、ああでもしないと来てくれないと思ったから」
「当たり前でしょ。学校近くの駅だなんて、そんな危険な場所に誘われて受ける方がどうかしてるわ」


どこに行くのか知らないけれど、いつ誰と出会ってもおかしくはない状況だ。
この私が引き受けると思う方がどうかしている。


「どうして私を?」
「個人的な興味で?夏休み最後だし、楽しむのもいいじゃないか」


もちろん、少し離れた駅まで移動するよ。

つけ足されたその言葉に、それならばと妥協する。
その前の疑問符がとてつもなく気になったけれど、嫌な予感がしたのでスルーしておいた。


「それで、どこへ?」
「植物園。おもしろいものがあるんだ」


不二君はそう言ったきり、笑顔で改札を通ってしまった。
慌てて後を追いかけると、ちょうど来ていた特急に乗りこむ。

遠くに行くというのは喩えではなかったらしい、そのまま2駅で降りた。


「ちょっと遠いけど、ここの植物園はいいよ」
「珍しいものが揃っているの?」
「珍しいのもだし、管理が行き届いてるんだ」


案内されて回ると、確かに花殻もちゃんと摘まれているし色の配置も素敵。
向日葵はもう終わったけれど、それでもこの中途半端な時期にここまでいろんな花が咲くのかと感動した。


「ほら、ここなんか僕のお気に入りなんだ」


そう言って彼が嬉しそうに入った部屋には。


「サボテン……?」


色々な種類のサボテン。

そりゃあ驚くほど種類があるし、花は小さくて可愛いけれど。


「私は多肉植物の方が可愛くて好き」


思わずそう言うと、不二君は少し驚いたような表情になったあと、なぜか嬉しそうに笑った。


さん、植物が好き?」
「好きか嫌いかで言えば好き。自分で世話をするのがなかなか大変だから、ガーデニングはしてないけど」


お祖母ちゃんの家は典型的なイングリッシュ・ガーデンだから、行く度に心が弾む。
華やかな薔薇の庭園も確かに素敵だけど、自然に溶け込むからこその美しさもあるものだから。


「やっぱり。多肉植物って、普通なかなか出てこないよ」
「そうかしら……」


あの地味にしぶとい生命力とか、ころっとした葉っぱとか、何とも言えず好きなんだけれど。


「じゃあ、これもさんの好みかな?」


そう言いながらついと腕をとられ、想像以上に"男"の掌を直に感じてどきりとする。

まめが何度もつぶれて分厚くなった皮。
節くれ立った指は、それでも素直に綺麗だと思えた。


   やっぱり、彼は天才ではない。
血のにじむような努力をして、騒がれるような実力を手に入れたんだ。


そんなことを考えていたら、不意に引っ張る力がなくなった。


「ほら」


うながされて見上げた、その先には。




   バオバブ……」




上下がさかさまになったような特徴的なその姿で、一目でわかった。


星の王子様にも出てくるバオバブの木。
正直あの話が何を言いたいのかはいまいちよくわからなかったけれど、王子様のセリフにはところどころ共感できることがあった。


「こういうの、好きでしょ?」
「ええ」


見抜かれていたのが少し悔しいけれど、わかってもらえたことが少し嬉しくもある。


「珍しいものをありがとう、不二君」
「どういたしまして」


その後、写真館に寄りたいと言う不二君に付き合って寄り道をして。
熱心に店主と話しこむその姿を見て、本当に写真が好きなのだとため息か出た。

子供そのものの表情で話しこむ様子は微笑ましいけれど、それが1時間近くも続くとさすがに飽きてくる。


店内に飾られている写真を眺めて時間を潰していたら、ようやっと話し終えた不二君が申し訳なさそうに頭を下げた。


「お待たせ。ほったらかしでごめん」
「気にしないで。こっちも珍しいものが見れたから」
「……珍しいって……」


言わんとしたことがわかったらしく、不二君が恥ずかしそうに頬を赤らめる。
何かを言いたげに何度か口を開いては閉じ、やがて諦めたように苦笑した。


「どこか行きたいところ、ある?今度はさんにつきあうよ」
   それじゃあ」


公園に行きたい。
静かに落ち着ける場所に。












意外にも不二君はいい感じの公園を知っていた。
遊具が置いてある公園ではなく、本当に散歩をするためにあるようなそれ。


「……こんなところがあったのね」
「意外に穴場だよ、ここ」


気持ち良さそうに伸びをした不二君にうながされ、私も彼の隣に座る。
はしゃぎ回る子供の声も、それをいさめる母親の声も聞こえない空間は、ひどく心地がよかった。


正面から風を受けて目を細める不二君。
さらさらと揺れるその前髪を見ていたら、知らず小さな呟きがもれていた。




   天才なんて、」




「え?」
「……何でもないわ」


聞こえなかったらしい不二君にかぶりを振って、もう一度内心で繰り返す。




   天才なんて、くそくらえよ。




目を細めて遠くを見ていた横顔は、酷く寂しそうだったのだから。
そんな表情になる原因が「天才」という呼称なら、私はそんなものなど欲しくない。


努力して努力して、その結果「天才」になってしまった少年を見て、何とも言えない気持ちになった。


……この人が孤独ではなくなる日は、はたしてくるのだろうか。