ようやく一息つけると、軽く首を回す。
月が変わる。
意識も変わる。
さあ、あと一仕事。
触れたような気がしても
始業式を軽く聞き流して、終わると同時に早足で学園祭の会場に向かう。
昨日の夜に委員長から「テニス部に伝えろ」って伝達があったけれど……一体何をするつもりなのかしら、あの人。
言われた内容を思い出して、思わず眉間に皺が寄る。
また何か、くだらないことを始めそうな気がした。
そもそも、誰も使わないはずの屋内プールがあること自体がおかしい。
あそこで何をするつもりなんだろうか。
委員達にまでとばっちりがこないといいんだけどと思いながら正門前に急ぐと、すでにレギュラー達が揃っていた。
「おはようございます。遅くなってすみません」
眉を下げて、申し訳なさそうに身を縮こまらせる。
深々と頭を下げると、手塚君が気にするなと言ってくれた。
「それより、跡部から何か連絡があったと聞いたが」
手塚君には学校の廊下ですれ違ったから、そのときに委員長から連絡があったことだけ伝えてある。
お互い結構ばたばたしていたのにきちんと覚えているあたりが、さすがは生徒会長といったところか。
「はい。テニス部レギュラーは、明日の慰労会に水着を持ってくるように、だそうです」
「慰労会に水着……?」
「何を企んでるんだ?跡部のやつぅ」
レギュラー達も訝しげな顔をしている。
さすがに彼らも、委員長が何を考えているかまではわからないようだ。
「……まあいい、各自忘れないように。作業開始だ 、跡部が呼んでいたぞ」
ついでのように手塚君にそう言われ、会っていたなら委員長が直接彼に言えばよかったのにとため息が出た。
とにかく、呼ばれたからには行かなければ。
「お呼びですか、委員長」
「ああ、来たか……。まずいことになったぞ」
妙に深刻な顔の委員長。
うちの模擬店関連で、何か問題でも起きたんだろうか。
表情を引き締めて背筋を正すと、委員長が眉間に皺をよせて深いため息をついた。
「お前のところの荷物を載せたトラックが、事故を起こしたらしい」
「え 」
それは、つまり。
「荷物は全部パー、だ」
「そんな!」
それじゃあ闘うどころか、同じ土俵にもあがれないじゃない!
「こっちも違うルートで手配ができないかどうかを探しているが、何しろ物が物だからな……」
「あまり期待はするな、ということですね」
「悪いな」
難しい顔の委員長の右手には、固く握りしめられた携帯電話。
この人だって、必死に動いてくれている。
確か氷帝テニス部は青学のライバル校だったはず。
私情を一切挟まずに協力してくれる委員長がいるのに、どうして私が諦められるだろう。
ぎり、と奥歯を噛みしめて頭を回転させる。
考えろ、今私ができる最善は。
「……推薦問屋のリストを貸していただけますか?」
「 足で潰しにかかる気か」
目をあげて頼むと、委員長も真剣な表情でそう言った。
その手からリストを受け取りながら、小さくかぶりを振る。
「まずは電話で。問屋の並びまではどんなに急いでも30分はかかりますし、それなら部員を派遣しながら問い合わせをして、順次買い出し部隊に状況を伝達した方が効率がいいかと」
問屋全てが同じ場所にあるというわけでもないし、問い合わせと買い出しを平行した方がまだ早い。
素早く派遣隊と連絡隊の割り振りをしながらそう答えると、委員長の表情が微かにゆるんだ。
「……テニス部の運営委員にお前がついたのは、あいつらにとって幸運だったな」
「ありがとうございます」
まだ、うまくいくかなんてわからない。
けれどだからこそ、委員長のその言葉が嬉しかった。
携帯で全箇所の責任者に連絡して集合をかけ、集まる間にも問屋に問い合わせ。
「 では、クコの実は……はい、そうです。700gなんですが……お願いします」
「さん、荷物が駄目って !!」
真っ先に飛びこんできた不二君が、問屋リストの山を見て絶句する。
その後を追うように続々と集まったレギュラー陣もまた、不二君同様絶句した。
「……はい、はい そうですか……。お手数をおかけしました、ありがとうございます」
通話を終わらせて、皺が寄ってしまった眉間をもみほぐす。
「、さっきの話は本当なんだな」
問い掛けではなく確認の口調で口を開いた手塚君にうなずき、リストの山を示す。
「入手が難しいと思う材料から優先して、リストにある問屋に片っ端から問い合わせています。委員長も探してくださっていますが……どこまで揃うか」
「困ったな……あれがないと、喫茶店のメニューは成り立たない」
乾君も困ったように眉を顰めた。
喫茶店そのものとしては普通のメニューの方が平和な気もするけれど、やっぱりチャレンジメニューを主にすえて考えてきた10日間余り。
今更外しては、見直す部分が多すぎる。
「 金魚すくいと綿菓子屋は、もうほとんど作業が残っていないはずです。喫茶店の食材集めに協力していただけますか?」
「オッケー!!」
いち早く反応したのは、菊丸君。
それに続いて他のメンバーも次々とうなずいてくれた。
「では 」
割り振りを伝えると、誰も何も文句を言わずに飛び出して行く。
食材の最終確認のために残ってもらった乾君と不二君、それに連絡要員の菊丸君だけになった会議室で、ただひたすら手分けをして電話をかける。
「、俺個人で多少つてがある。席を外すが いいか?」
「あ、はい」
別の場所で電話をするんだろう、乾君が会議室を出て行った。
菊丸君も席を外して、不二君と私だけになる。
彼がちらちらとこちらを見ていたには気づいていたけど、今はそれに構っている余裕はなかった。
「さん、あの 」
「ごめんなさい、しゃべってる暇があったら問い合わせをしてほしいの」
ぴしゃりと言い切って会話を打ち切ると、何故か傷ついたような表情をされる。
……一体何なのよ。
それからも、全員で片っ端から電話をかけては実動部隊に状況を連絡し。
そうしている間に、少しずつ食材が集まり始めた。
「いい調子だな」
「そうですね」
乾君と顔を見合わせて小さく笑う。
この調子なら、なんとかなるかもしれない。
そう思った矢先に、内線が大きな音を出した。
委員長から !
反射的に飛びつくようにして出ると、委員長の少し明るい声が聞こえた。
『よう、運営委員』
「委員長、何か進展はありましたか?」
『いい知らせと悪い知らせがある。どちらから聞きたい?』
声の調子からして、そこまで悪い知らせではないようだ。
「悪い知らせから」
『珍しい食材は、やはり全滅だ。代わりの業者も手配できなかったが お前なら大丈夫だろ?』
「もちろんです。半分程は手配できました」
『さすがだ。次にいい知らせだが、普通の食材に関しては代替がとれた』
やった!
「ありがとうございます!ついでと言ってはなんですが、本日は夜の7時頃までの延長を許していただきたいのですが……よろしいでしょうか?」
『許す。やってみせろ、』
初めて名前を呼んでもらえたことにも驚いたけれど、実力を見せてみせろと言われた気がして気持ちが高揚する。
「もちろんです、委員長」
その後、どうしても手に入らない行者ニンニクの手配を頼んで、わきあがる感情そのままにひっそりと口元をつり上げた。
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